[ レモンと僕と、 ]





やっぱり淋しいなと思った。
基本的に私は甘えられ役だからたまには甘えてみようとするのだけれど、徹のほうが甘え上手だから甘えられなかった。
甘えられるのに疲れたから、距離を置いた。
そうしたら、甘えてくる人がいなくて淋しいって。
本当に、都合のよい人間だ、私は。
自分から距離を置いたのに、結局淋しくなってヨリを戻そうとする。

けれど、本当に徹と元の関係に戻れるの?
それを望んでいるのは私だけかもしれないのに?
もしかしたら徹は次の人を見つけているかもしれないよ。

学校の廊下ですれ違えば笑顔を交わした。
徹と高柳先輩が一緒にいるところに出くわせば、三人で会話した。
二人きりの時間は減った。
けれど、幼馴染というポジションは誰にも譲れないし、論理的に考えて譲れるものじゃない。
事実は変えられない。

しばらくは、この関係でもいいのかもしれない。
久しぶりの片想いライフを満喫しよう。

そんなふうに意気込んだのはいつのことだろう。
時間はどんどん過ぎていく。





 *




自販機でコーヒーを買うつもりだった。
けれど、ボタンを押した先を見ればレモンティー。
苦笑した。
いつものクセ。
のレモンティーを買ってから、俺のコーヒーを買うのだ。
そのままレモンティーを飲もうと思い、掴んで振り返った。
ほうきを片手にが一人で歩いていた。
俺は慌ててコーヒーを買い、の元へ駆け寄った。





「よぉ、!掃除当番か?」

「あ、徹じゃん。そうそう、今日は外の掃除なんだよねー」

「これ、やるよ」





俺がレモンティーのペットボトルを差し出せば、はきょとんとしていた。
「間違えて買ったんだ」と言えば、呆れた笑顔を見せてくれる。
俺がいつものクセで買ってしまったことはお見通し。
「ありがと」と微笑みながら言うを見ていると、胸が痛む。
幼馴染としてじゃなくて、恋人として、俺に微笑んでほしいよ。
そんな心の叫び、には伝わらないよ。

レモンティーを持ったまま、器用に石畳を掃く
その姿を黙って見ていた。
のクラスメイトが次第に集まってきたから、俺はその場を離れた。
部室へ向かう。
部活の間、バスケットボールを追いかけていても、の笑顔ばかり頭の中に浮かんでは消えていった。




 *




徹にレモンティーをもらった。
それだけで嬉しくなる。
私の好物を知っているから。
そういえば、あんなことがあったな。
徹が小銭を自販機の下に落としてしまって途方に暮れていたら、試合を見に来ていた高柳先輩の彼女が徹のためにコーヒーを買おうとしていたこと。
結局、高柳先輩が徹のコーヒーを買ってくれたんだっけ。
私はひとりぼっちの教室から、それを見ていたんだ。
あの頃は、仲良しだったのにな。
血縁以上の繋がりってないのかな?
そんなことないよね。
私は、徹と血縁以上の関係を築き上げられると信じている。
それは、友情か、愛情か。

もう、私が淋しいと言っても、徹は抱きしめてくれないんだよ。
そんなことを思うと涙がこぼれそうになる。
上を向いてまばたきを繰り返した。
涙をこぼすまいと必死になる。
「大丈夫?」とクラスメイトに尋ねられた。
目が潤んでいるのは一目瞭然だから。
私は無言で頷いて、レモンティーを持ったまま掃除を続けた。

もう、休憩時間はいらないのに。
まだ、休憩しなくちゃいけないのかな?
休憩時間の終わりを告げるチャイムは鳴らないよ。
自分で休憩時間を決めて、戻らなくちゃ。
教室に戻る?部活に戻る?バイトに戻る?
一体、私はどこに戻るつもりなんだろう。




 *




コーヒーの空き缶をゴミ箱に向かって投げる。
ビンゴ!
五メートルくらい離れた場所から、うまく空き缶はゴミ箱に吸い込まれた。
「珍しく入ったな」と声を掛けられ振り返れば、高柳がいた。
バスケットのシュートとはベツモノだからな、なかなか入らないんだ。

そういえば、あんなことがあったな。
コーヒーの空き缶をゴミ箱に向かって投げたら、入らなくて空き缶がコロコロ転がったんだ。
それをが拾って捨ててくれた。
それから二人で宿題をした。
あの頃は仲良しだったのにな。
いや、今でも仲良しだ。
ただ、仲良しの度合いが少し変わっただけ。
恋人と幼馴染という違い。

「成長したってことだろ」そんな声が聞こえた。
俺は怪訝そうな表情をしているだろう。
高柳は鼻で笑って部室へ入っていった。
俺もその後を追う。
誰が、成長したのだろう。
俺が?どう成長したというのだ?
あぁ、空き缶を投げ入れることができたってことか。
うん、そうだな。に捨ててもらわなくても大丈夫だってこと。

なぁ、は俺が成長できたって思える?
思えないよな。







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互いを必要としているのに、言い出せない人たち。

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