[ ただいま、おかえり ]





掃除を終えて教室へ戻った。
徹にもらったレモンティーの口を開ける。
けれど、飲めなかった。
飲むのが怖かった。
毒が入っているのが怖いとか、そういうことじゃない。
徹の優しさが詰まっているようで、それに触れるのが怖かった。
結局、私はペットボトルのキャップを閉めて、かばんに詰め込んだ。

心の動揺は、隠しきれない。
合唱部の練習中、部長にも友人にも声を掛けられる。
「どうしたの?」「最近調子悪いよね」
わかる人にはわかるんだ。
いつまでも、このままじゃダメだ。
ちゃんと、自分で休憩時間を終わらせなくちゃ。
自分から歩み寄らなかったら、一生寄り添えないよ。
距離を置こうって言い出したのは私だ。
だから、ちゃんと言えるはず。
徹のことが好きだってこと。

部活を終えて、先輩たちと一緒に学校を出る。
体育館の灯りは消えていた。
徹はもう帰ったかな?
そんなことを思いながら駅への道を急ぐ。
物騒な世の中だから、誰かと一緒にいても夜道は危険。
早足で黙々と歩く私たちの姿は、滑稽だろうな。

電車に揺られて私の町へと帰る。
地元の駅前の本屋にふらりと立ち寄る。
音楽雑誌の棚の周りは立ち読みをする学生やOLであふれていた。
そのすぐ後ろはスポーツ雑誌の棚。
徹の姿を見つけて、足が止まる。
そして、幸か不幸か、徹は気配を感じてこちらを振り返るのだ。
私に逃げ場はない。





「徹、立ち読みしてるの?」

「あぁ、は今帰り?」

「うん」





その後、会話を続けることができなかった。
何か話したい、けれど話せない。
悶々としていると、徹は持っていた雑誌をパラパラめくって棚に戻した。
「帰るんなら一緒に帰ろうぜ」と徹に声を掛けられ、私は大きく頷いた。

徹と二人きりで帰るのはいつぶりだろうか。
かなり久しぶりのように感じる。
いつもなら、手を繋いで帰った道。
今日は、そうもいかない。
でも、手を繋ぎたくて、徹に触れたくて、そう思う度に胸が締め付けられた。

の手、冷たいな」その言葉に現実へ引き戻された。
徹は私の手をぎゅっと握っていた。
黙って、手を繋いで歩いた。
恋人同士に戻ったような感覚。
手を繋いでいれば、すべてがうまくいくような気がしていた。あの当時は。
世の中、そんなにうまくいくわけじゃないよ。





と別れてさ、自立していい男になろうって決めたんだけど」

「けど?」

「なれっこないよなって思った。俺にはがいないとダメなんだって気付いてしまった」

「私も、私にも徹がいないとダメだなって気付いた。淋しくてどうしようもないよ」





私の吐いた弱音が意外だったようで、徹はぽかんと口を開けて驚いていた。
しばらくして飲み込めたのか、笑って私を強く抱きしめてくれる。
徹のぬくもり、久しぶり。
路上だってことを忘れて、私は徹の胸に顔を埋めて背中に手を回した。







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オワタ\(^0^)/
この話は、以前あーやさんに送った誕生日プレゼントの話関連のものです。
2007年の時点で恋人なのかわからないあいまいな存在で出した女の子がいて、
2008年では徹くんが彼女と別れちゃったという設定になりまして、
で、2009年にやっぱり徹くんは幸せになれましたっていう話を書こうと思い、この話を。

弱音は、ちゃんと吐かなくちゃいけないと思う。
誰かが、きっと受け止めてくれるから。

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