わかっているのに、それを見ないフリしていた。
他人に諭されて、やっと思い腰を上げたんだ。
懇願されてそれを断るほど、私は馬鹿な人間じゃない。





      [ 大 切 な こ と 4 ]





部屋に入ってきた忍足とヒナタ、2人の雰囲気がそれはとても温かくてほのぼのとしていて。
見ていてつい笑顔がこぼれてしまうような、微笑ましいカップルに見えた。
2人とも私の体調を気遣ってくれる。
けれど、ベッドの上に広げた教科書と、その下に埋もれるように置いてあるマンガを見て、呆れた顔を私に見せた。
前から思っていたけれど、ヒナタと忍足は似ている。似たもの同士だから気が合うのかもしれない。
ヒナタはかばんの中から今までの授業のノートを取り出し、私に貸してくれた。
私は急いでそのノートを写すことにする。明日も授業はあるからヒナタにノートを返さなくてはならない。





「そんなに慌てなくても今度の土日に写したらいいじゃん」

「部活にも、顔出さないとダメっしょ。景吾、心の底で怒ってそうだし」

「ありえるな。跡部は口には出さへんけど、態度で出すからなぁ。・・・・・・ホンマ、頼むからはよう来てな。
 俺ら、跡部に殺されそうやねんて。いつか死んでしまうわ」

「なんで?」

「景吾がね、すんごいハードメニュー出してるの。監督も止めようとするんだけど、聞く耳もたなくって」

「珍しぃ・・・」

「理由はちゃんとあるんやで。そんなん俺ら一発でわかってもうたけどなー」

「ねー。わかりやすいもんね、景吾の態度って」





明らかに私が休みだしてから景吾の様子がおかしいらしい。
授業中も上の空で、先生にあてられても答えられないことが多いらしく、ちゃんと授業を受けるようにと諭されたり。
部活中も同じように上の空で、監督に不審な目で見られていたり。
けれど、私を見舞いに来たあの日、ちょうど月曜日以来、景吾はハードメニューを出して皆を苦しめている。
その理由は、私が景吾のことを頼らないことから起きる苛立ちと、部活に励む間だけはテニスのことだけ考えられる、私のことを忘れられるというもの。
メニューをこなすのは景吾も同じはずだ。
忍足が死にそうになっているのなら景吾だって同じだと思う。
残念だけど、このことに関して忍足には「頑張れ」としか声を掛けれない。

自分を苦しめて、何が起きるというのだろう。
けれど、その原因は私だ。
私が動かない限り、景吾を傷つけ続けてしまう。それだけは、嫌だ。
大切な人が幸せになってくれるのならなんでもしよう。
けれど、傷つけてしまうのだけは嫌だ。絶対に嫌だ。

ヒナタは私に真実を語りだした。
幼馴染だからわかる、景吾の性質を。





「私と景吾は幼馴染でね、中2の時1年足らずかな、付き合ってた。
 互いに知り合ってるからうまくいくと思ったんだけどね、ダメだった。
 景吾はとっても優しくて、今でも優しくて、それに惹かれたの。
 優しさがすごく温かいから、私はそれに甘えてたの。彼女だから甘えて当然だと思ってね。
 それは間違いって別れてから気づいたよ。私は受身の態勢になってしまって、景吾に何も返さなかった。好きなのに。
 甘えてばかりで、本当は寂しがりやで甘えたがりな景吾のこと何も考えてなくて、景吾には私が重荷になっていったの。
 そんな時かな、先輩が引退して、も正レギュラーのマネになった頃。
 夏休みくらいから景吾の態度がすっごく冷たくなってね。
 私は泣きそうだった。今まで優しさに満ちてたから。愛されることが当然だと思ってたの。違うんだよね、それって。
 別れてから気づいたの。でも遅すぎたから、何も言えなかった。景吾が私に何を求めていたのか、やっとわかったの。
 わかってからじゃ、遅いんだよ。わかったからもう一度付き合ってくださいって言って、付き合ってくれる景吾じゃないからね」

「普段強がってる奴ほど、モロい部分持ってるやんか。跡部はその象徴やと思うで。
 だから、ちゃんにそういうところを支えて欲しかったんちゃう?
 ちゃんは十分、跡部のこと支えてやってると思うわ。付き合いだしてからの跡部はだいぶ変わったな。
 なんつーか、意思が強くなったな。中学ん時は全国行かれへんかったけど、
 あそこまで氷帝を連れて行くにはちゃんの存在は大きかったで」

「ありがと」

「私は、昔の私達の逆の立場じゃないかなって思うの、と景吾が。
 別に、景吾が甘えてばかりでのこと考えてないっていう訳じゃないよ。
 景吾はに甘えて、はそれを優しく受け止めてるじゃない。
 で、景吾は返したいんだけど、どんなに優しくしてもが甘えてくれない。
 ・・・は甘え下手でしょ?甘えは恥、みたいな考えは捨てなよ。景吾はちっとも迷惑だなんて思ってないよ。
 いろんなものをからもらってるんだから、お返ししたいって思うのは当然だと思うよ」

「そう・・・かなぁ」

「そうやって!俺らが言うねんから嘘ちゃうで。
 跡部はちゃんのこと愛してるって言ってもいい位好きやねん。見てたらそれくらいわかるわ」

「ね、だから、早く景吾に会って欲しいの。このままじゃ、景吾がつぶれちゃうから」

「・・・・・・うん」

「「やった!」」





私が学校へ行くことを同意すると、ヒナタと忍足は両手を取り合って喜んでいた。
2人とも友達として素直に景吾のことが好きなんだな、と思った。
景吾が自分で自分の首を絞める姿なんて、誰だって見たくないと思う。
私だって見たくない。大切な人だからこそ、余計に思う。

ヒナタと忍足は「感動的な再会を望む」と言い残して帰っていった。
どうしたらよいかわからなかったけれど、明日、学校に行くことにした。
そう思うとなぜか勇気が心の底から湧いてきた。
私はベッドから離れ、机に向かいノートを一生懸命写す。
夕方の空は眩しい。
オレンジ色の空は、私だけを照らしているようにも見える。
けれど、違う。みんなを照らしている。
私も、景吾も、ヒナタも、忍足も、みんなみーんな、照らしている。

景吾には何も連絡をいれないことを決めた。
それが彼らの言う「感動的な再会」に少し近く出来るのではないかと思ったから。
単純な私。
明日は早起きしよう。早く起きて景吾より先に部室に入ろう。
そうして、驚かせてやるんだ。
私は大急ぎで、台所に向かい本棚からお菓子つくりの本をとりだした。
母親が晩ご飯を作り出す前に、なんとしてもクッキーを作ってしまおう。
景吾に、みんなに迷惑掛けたから、埋まらない穴だと思うけれど、少し埋めあわせをしたい。

クッキーの香りが家中に漂う。
クッキーを詰める袋が切れているので、私は久しぶりに家の外へ出た。
近所のスーパーへ向かう。
途中、ばったり景吾に出くわしそうになった。
私は物陰にじっと身を潜める。
景吾が通り過ぎてから、私は急いでスーパーへ向かった。
景吾は私の家にでも行くつもりだろう。
今、「感動の再会」を果たしても良いけれど、心の準備が出来ていない。
スーパーの帰り、私はいつもと違う道を通って景吾に出会わないようにした。

家に帰ると、母親が景吾の来訪を知らせた。
けれど、景吾は私が元気に買い物に行くくらいだから、と安心して帰ったらしい。
私が明日学校へ来ると思っているかもしれないけれど、ヒナタと忍足の言う「感動の再会」とやらをやってみたくなった。
景吾を驚かせてやろう、そう思った私はタンスの奥から綺麗に飾られた箱を取り出した。
もらった時に中身を確認して以来、虫に食われないように見張っていただけの、袖を1度しか通していない服。

付き合いだして初めての私の誕生日に、景吾がくれた世界にたった1つだけの服。
ちぐはぐなひだがついたひらひらの黒色のスカートに、真っ白で、胸元に大きな紺の花の刺繍が入ったブラウス。
清楚な服だけれど、景吾が一生懸命私に似合うものを考えてデザイナーに頼んで特別に作ってもらったもの。
そう、景吾にもらった時に1度だけ袖を通した。
鏡に映る私ははにかんでいたし、景吾は私が喜んでいることに満足した顔だった。

景吾はいつも私に満足してもらおうと尽くしてくれたよね。
お金をかけているとか、そういう問題ではない。
本当に一生懸命な気持ちが伝わってきた。
それがとても嬉しかった。
けれど、嬉しくなる度に、お返しをしなくちゃいけないと思ってしまう。
景吾は何もいらないという。
結局、私は何も返していない。
愛情という形の無い名前だけのものを、景吾は私から受け取って毎日生きているなんて信じられない。
だからお返しをしたいって・・・・・・互いに受け取ってるだけで、自分は返していないと思っている。
本当は、何気ない自分の行動が全てを返していたんだ。
誰もがお返しがほしくて行動を起こしているわけではない。
やりたいから、やるんだ。
私は、景吾が好きだから、景吾の喜ぶ顔が見たい。笑っている顔が見たい。
一緒に、笑って楽しく生きていたい。
そう、一緒にいたいの。





何もかも、ひさしぶり。
袖を通す制服も、食卓に並ぶ朝ご飯も、玄関の向こうに見える太陽と青空も。
いつもの時間、電車の駅に着けば通勤、通学ラッシュで、人が溢れかえっている。
混んだ電車に身体を投げ入れ、扉から外へ出れば、氷帝の広告がたくさんある駅。
駅の広告、氷帝テニス部が大きく写っている。何気に景吾の後ろに小さく小さく私が写っていたりするんだよね。
それを忍足が目聡く見つけて、みんなで爆笑したこともあった。
一時期、私がメインで写った広告があって、それは制服で机に向かい授業を受けている姿だった。
景吾がその広告を剥がそうとしてみんなで止めたんだ。

の姿を、他の奴等にさらしてどうするつもりなんだ、上の奴等は!」

とか、言ってた。
愛されてるなって思ったよ、その時は。
やっぱり、今も愛されているんだなって感じるよ。
景吾は、私の前ではいつも天の邪鬼で、甘えたがりで、優しくて、いろんな面を持っているけれど、とにかくすごい人。
みんなの前ではやっぱり、部長なんだよ。
部長をマネージャーが支えてあげなくてどうするんだっての。
私が、景吾を助けてあげなくちゃ。








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けごたんはうさぎだと思う。
寂しがりやなウサギは、寂しいと死んじゃうんだよね。
寂しいと、壊れちゃうのがけごたんかなぁと。
友や家族、恋人の存在はとても大きいと思う。
自分が生きていることを証明してくれるようだから。


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