自然と笑顔になってしまう。
こぼれる笑顔を受け止めて欲しい相手ではないのに。





      [ 大 切 な こ と 2 ]





ヒナタが編入してから1週間。
の俺に対する態度は徐々に冷めていき、忍足はヒナタにアプローチをかけようと必死になっている。
ヒナタに忍足がついてくれるなら安心できる。
俺にはがいるのに、ヒナタには誰もいないとなると、気まずいものがある。
だから、忍足とヒナタがくっついてしまえばよいのにと思っている。
なんて都合の良い考えだろう。本当に自分の脳内で生み出された考えかどうか疑わしくなる。
浮気していて、それを誤魔化そうとしているようにしか思えない。

放課後、いつもの部活、のはずだった。
が、ギャラリーがいつもの量ではない。異常な多さ、しかも男が多い。
どうやら、忍足がヒナタを部活に誘ったらしい。
ヒナタがコート内に入り、隅にあるベンチに座っていた。
はその隣に座り、ファイルを広げてヒナタにいろいろ説明しているようだ。
たまに2人の笑った声が聞こえる。それを聞くと安心できた。
俺の前カノと今カノ、仲良くやってくれるならそれでいい。
火花を散らすようなことになれば、丸く治めるのにどうすればいいかわからないだろう。
そもそも、灯果莉は俺の元カノに会ってどうこうするような馬鹿じゃない。

休憩中はたいていと打ち合わせをする。
今日も同じようにベンチで打ち合わせをしている。もちろんヒナタも一緒に。
打ち合わせが終わると、は監督に呼ばれているらしく、すぐに職員室に向かった。
残された俺とヒナタは、話さざるを得ない。





「ねぇ、って景吾の彼女?」

「あぁ」

「やっぱり!初めて会った時に、景吾好みの女の子だと思ったもん」

は、俺のこと何も話さなかったか?」

「うん。何にも話してくれない。テニス部のマネージャーと部長の関係しか教えてくれなかった。
 元カノだから遠慮されてる・・・のかな?」

「多分」

「遠慮することなんて何にも無いのに。
 私は景吾のこと恋愛対象として見ていないし、景吾はのこと大好きなんでしょ。
 溺愛してるとかなんとか。独占欲強いモンね、お兄さん!」

「誰だよ、そんなこと言う奴は・・・・・・あ、忍足?」

「うん。忍足君はいいよね、なかなかいい感じ」





ヒナタは満面の笑みで右手でブイサインを作る。
それにつられて俺も笑ってしまう。
ふと、周りを見ると、レギュラー陣が取り囲んでいた。
忍足、ジロー、向日、それぞれ思い思い捲くし立てて去っていった。





「なんや、浮気の現場でも見れたと思ってんけど、跡部と明月さんは知り合いなんか。
 あーあ、残念やなぁ。ちゃんもらおかと思ったのに」

「ダメー、忍足ダメ!ちゃんは俺がもらうのー。跡部にも忍足にもあげないよ」

「ジローには無理だって。ちゃん、跡部のことしか目に入ってないじゃん。
 あーあ、俺も彼女ほしいなー」





ヒナタは相変わらずクスクス笑っている。
コートの入り口に目をやると、が職員室から戻ってきているところだった。
目が合う。
愛想笑いだろうか、本当に感情のこもっていない笑みを見てしまった。
俺の胸につきささるような笑みだった。
ジローの言うとおり、本当に俺のことしか目に入っていないのなら、あんな笑みを浮かべるか?
時計を見れば、休憩時間も終了の頃。
俺は声をあげ、部活を再開させた。





部活が終わっても、の態度はどこかよそよそしい。
駅までの道、肩を並べて歩くが、2人の距離が遠い。
手を繋いでいても、肩が触れても、遠い。とても、遠い。
キスしても、抱きしめても、きっとこの距離は縮まらない。
そんな気がする。
怖くて、触れられない。
今、手を繋いでいることでさえ、何かに怯えながらなのだから。

話そうとしても、思いつくのはヒナタとと2人のことくらい。
今、俺たちを繋いでくれるのは、良くも悪くもヒナタだけなんじゃないか。
そう思う。





「ヒナタとは、仲良くやってんだな。笑ってる声、よく聞こえた」

「うん、仲いいよ。すっごくいい感じ。同じ人のこと好きになるんだから、何か共通点みたいなものあるんだろうね」

「昔の話だろ。・・・・・・ヒナタに俺のこと言ったか?」

「ううん、言ってない。なんか、言いにくいし、断然、私よりヒナタのほうがいい子だもん」

「俺にはのほうがいいけどな」

「でも、昔はヒナタのこと好きだったんでしょ。なんか欠点があったとしてもね。
 それじゃあ私は負けてるよ。付き合ってたのは中2の時なんでしょ?ヒナタから聞いたんだけど。
 その時、私と景吾はもう出会ってるわけじゃない。ずっとテニス部で一緒だったのに。
 それはヒナタのほうがポイント高かったってことじゃないの?
 幼馴染と、部活の部長とマネージャー、どう考えたって幼馴染のほうがお互いよく知り合っているよね。
 しかも元モデルじゃん。景吾だってアイドルみたいなもんだし、なんか、私はかやの外だね」





自嘲気味に言うに、俺はかける言葉が思いつかなかった。
その通りだったからだ。
俺とヒナタは家が近所だから小さい頃から互いに知っている。
と出会ったのは、中学に入ってから。
部活が同じで、俺は部員、はマネージャー。
けれど、ヒナタと付き合うまでに接点があまりなかった。
付き合い始めて、ヒナタの欠点にうんざりし始めた頃に、の存在に気づいたんだ。

の優しさに、気づいた。
に惹かれていき、ヒナタから離れ始めた。
ワガママなのは俺なんだ。
今、わかった気がした。
自分の気持ち、満足させる為に彼女という存在を利用しているんだ。
なんて、愚かなんだろう。
目の前に駅前のロータリーが広がる。

「じゃあね」とさらっとは流して離れていった。
帰宅ラッシュの人ごみに消えていく
線路の上を走り行く列車を眺めて、俺はまた歩き出す。
呼び出した車はすぐに俺の元へ。
は、俺の元にすぐこない。
車の中、失ったものを探そうとするけれど、それが何なのかわからない。
あるのが当然のことと思っていた罰だ。何もわからない。
手探りしたくても、明かりが無い。自分でさえどこにいるか見えないんだ。
きっと、今、手を伸ばしても、に触れることは出来ない。
掴むことも、触れることも、引き止めることも、何も出来ない。





どんなに想っても、俺の想いはに届かないんだ。
雲に遮られて俺達に届かない太陽の光のように。
空は、俺の心を良く映し出している。
どんよりした灰色の雲が一面に広がり、夕方には雨が降るという予報が出されている。
念の為、折り畳み傘をかばんに入れて家を出る。

朝練が終わり、部室で着替え、少しくつろいでから教室に向かう。
その時、俺は折り畳み傘をロッカーに投げ入れた。
それを見て、皆、傘を持ってきていないことに気づき、話し出した。
どうやら傘を持ってきたのは俺と鳳くらいだ。
天気予報をいつも欠かさず見ているはずのでさえ、傘を忘れてきたらしい。

この頃、はどこか抜けている。
仕事でミスしたり、言われたことをすっかり忘れていたり。
話している時も、なんとなく相槌を入れているような気もする。
つまり、人の話を聞いていないということになる。
右から左へ、人の話を聞き流しているのか、聞く気が無いのか、耳に入らずはね返っているのか。

最近、毎日ヒナタは部活に顔を出す。
ところが、いつもヒナタの隣にいるはずのが今日はいない。
朝練には来ていたのに。
ヒナタから、が帰ったことを知らされた。
空はかなり暗い。
今にも雨が降りそうな、そんな暗い空。





は?」

「ん、気持ち悪いから部活休むって。なんか、朝から調子悪そうだったし」

「最近、元気ないよな・・・」

「そうだよね。部活行くの辛いってこぼしてたよ、今日。今までそんなことあった?」

「無かった」

「気遣ったほうがいいんじゃないの?景吾なら十分気遣ってると思うんだけど・・・」

「あぁ・・・・・・今日、、傘持って無かったよな」

「そういえば、そうだね。大丈夫かなぁ?多分まだ歩いてるよ。風邪ひいちゃうかも」





ヒナタとコートで話していると、雨粒が俺たちを襲ってきた。
かなり大粒で、大げさに言えば、痛い。
は、大丈夫だろうか。
の利用する駅まで、ここから徒歩15分。
無事に、駅に着いた頃だろうか、それともまだ歩いているか。
部活の始まる時刻になる。メールを送ることも出来ない。
俺は、監督の指示を仰ぎに職員室へ向かった。
監督は不在だったが、雨天時の予定が書かれたプリントが置かれていた。
俺はそれを持ち帰り、部室でそれぞれに指示した。

雨は止まない。

は家にちゃんとたどり着けるだろうか。
無事に家にたどりつくことを祈って、俺は部活に専念する。
けれど、ヒナタの言った言葉が気にかかる。

「部活に行くのが辛い」

そんな言葉は中等部でも聞いたことが無い。
仕事の量は半端じゃないけれど、やりがいがあるから毎日楽しいと言っていた。
それが・・・・・・「辛い」
嫌なことがあるから行きたくない、やりたくない、嫌々やらなくてはならないから辛い。
何が、にそう思わせているんだ。
に尋ねれば答えてくれるか?・・・・・・素直に言ってくれるわけないよな。

俺には探し物がたくさんありすぎて、全部見つけられない、抱えられない。
落として、拾って、見つけて、拾って、また落として、拾って・・・その繰り返し。
意地でも抱えて歩きたいらしい。












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200人のテニス部員の面倒を見ながら、彼女も家族も大切に・・・。
大変だよね、けごたん。
ちょっと、展開早くしすぎてる部分ありますけど、許してください。
長編は、最後にハッピーエンドを迎えるために長々と文章を書くものだと思う。
だって、現時点でぜんぜんヒロインとけごたんがラブラブじゃないから。
夫婦は似たもの同士っていうし、ヒロインとけごたん、素直じゃないのです。
ヒナタんでしゃばりすぎというお言葉は耳に入らず(笑


d r e a m ... ?
t o p p a g e ... ?

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