[ e s t o - iv ]





少し、心に余裕が生まれた。
は傍にいないけれど、東本の言葉で余裕が生まれたんだ。
に別れを切り出したのは俺だ。
俺のお願いに、は即答でイエスと答えてくれた。
イエスの理由なんて聞いていない。

少なくとも付き合っていたわけだから、が俺に好意を持っていないということはないだろう。
俺のせいでのことを、少しは傷つけているだろう。
もしかしたら、少しどころか、酷く傷つけてしまったのかもしれない。
本当に、自分のわがままでを振り回してしまい、情けない。

授業にも身が入るようになった。
練習中にも頻繁にミスをしていたけれど、かなり減った。
東本が「えびみりん焼きの神様に感謝!」と泣きながら言っていた。
久しぶりに山崎さんが部活へ顔を出してくれて、一緒に練習をしてくれた。
東本が山崎さんに、しつこくえびみりん焼きを勧めていた。
また、えびみりん焼きを食べている俺がいる。
今度は、山崎さんと二人で。
東本は便所にでも行った。
戻ってこないのは、その後、外で堀井たちと話をしているからだろう。



「おう、柊。と別れたんだってな」

「誰から聞いたんですか?」

「本人から直接。も、相当悩んでるみたいでな。
 お前、痩せすぎ。キャプテンっていう重圧もあるだろうけど、キャプテンは周りの助けが必要なんだぜ。
 特に、柊の場合はかなぁ。一人暮らしの男に、女は必要不可欠」



男はあまり細かい気遣いができないから、そのフォローが必要。
はフォローがうますぎるくらいだから、本当に世話になった。
世話になるばかりで、俺は何もできていない。
ため息を一つついた。
山崎さんは、美味そうにえびみりん焼きを食していた。



「物事の優先順位をつけることはいいことだ。けどな、人間だから間違いもある。柊の場合、失敗したんだろうな。
 最も優先したいことのために必要なものがあって、それを手放してしまったわけだ。
 人間は一人じゃ生きられないんだ。テレパシーも使えない。きちんと話して分かり合えよ!」

「最優先すべきことのために必要なもの・・・」

「そうだ。わかったらみんなに迷惑掛けてることを恥じて、さっさと行け!」

「あ、ありがとうございますっ」



優雅に手を振って俺を見送る山崎さん。
走って体育館を出た。
冬だから太陽が沈むのも早い。
吹奏楽部のは、この時間ならまだどこかにいるはずなんだ。

吹奏楽部の部室へ行けば三年生の教室で練習していると言われ、そこに行けばも誰もいない。
途方に暮れて廊下を歩いていると、音楽室から木琴の音が聞こえてきた。
音に惹かれて音楽室へ行く。
そこでは数人の女子生徒が、木琴の演奏をしていた。
俺の訪問に気付き、全員がこちらを向く。
その中に、はいた。
驚いた表情のは、周りの生徒に声を掛けて俺の元に駆け寄ってきた。
「仁成・・・ちょっと話せる?」と小さな声では言い、頷くと俺の手をとって駆け足で近くの空き教室に入った。

に会うのは久しぶりだな。
最近は、姿すら見ることがなかった。
教卓に背中を預ける
俺は、教卓からいちばん近い席に座った。



「仁成、あのさ・・・」

のこと振り回してばっかで本当にごめんな。俺にはが必要なんだ」

「え?」

「キャプテンになって、来年には受験も控えてて、のこと大事にできないのなら別れた方がいいって思った。
 俺がいなくてが幸せになれるなら、懸命な判断だと思った。でも、の支えがなくなって、こんな状態で。
 まだこんな俺に愛想をつかしてないのなら、せめて部活を引退するまで、俺の傍にいてほしい」



素直に気持ちを伝えることができた。
それだけで満足できた。
がどう返事をしようと、この先、一人でやっていける気がした。
は、黙ったまま俯いていた。
やっぱり、愛想がつきたか・・・。
今までありがとう、と言おうと口を開いた。
俺の声はの嗚咽で掻き消される。

は泣いていた。
どうして泣くんだ?
驚きと戸惑いを隠せずにいた。
は突然俺の胸に飛び込んでくる。



「仁成が大変だってこと、みんなから聞いて知っていたのに。
 仁成の迷惑になりたくないけど支えたいって、とかいろんなこと考えてたら、いつまでも踏み出せずにいたの。
 やっと一歩前に踏み出そうと思ったら、仁成の方が先に踏み出しちゃった。私、全部遅すぎるよね」

・・・」

「私、ずっと傍にいるから。私に優しくなんてしなくていいから、仁成は自分のこと大切にして前に進んで。
 私も、立花くんに会える日を楽しみにしてるもの。だから、それまで一緒に頑張ろう!」

「全部終わったら、の願いもやりたいこともたくさん聞いてやれると思うから。
 ごめん、それまではちょっと我慢して」



強く抱きしめたら、の身体は壊れてしまうんじゃないかと思う。
人間は強くない。脆いんだ。
のさらさらと流れる髪が頬に触れる。
ほっとする。安心できる。心が落ち着く。
立花との約束を叶えるために、の存在が俺には必要なんだ。
それまではに無理をさせることになるかもしれない。
でも、あの約束を叶えることは、俺だけの実りになるものじゃない。
やみんなの実りになるんだ。

のことを思いやるのは、それが終わってから。
ちゃんと俺がを幸せにしてやらないと。







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はい、こんな感じです。
次回はエピローグ。

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