[ e s t o - iii ]





仁成の支えでありたいと思っているのに、なかなか行動に移せなかった。
メールを書いては消し、書いては消し。
それを2か月近く続けている。
仁成とは会う機会がなかった。どちらかといえば、仁成に避けられているような気がした。
本当は、私のこと嫌いだったのかな。
マイナス思考が働く。
本当はもっと大切な人がいて、その人を人質にとられているから、私と付き合えば解放してやる・・・とか、そんなバカな!
自分の妄想癖を呪った。
気分が悪くなる。

なんとなく、夕方の平塚の街を歩いていた。
思い出してRed barnsに駆け込む。
ちょうど、勤務終わりの山崎さんが店から出てきた。
「お久しぶりです」と声をかければ「おう、かぁ」となつかしいあの声が聞こえる。



「どうした?が一人で来るなんて珍しいな」

「はい、ちょっと、悩んでることがありまして」

「俺に話を聞いて欲しかった?」

「・・・は、い」



近況を手短に説明した。
仁成と別れたこと。それ以来、校内で会うことがほとんどなくなり、仁成に避けられていると感じたこと。
仁成が痩せたこと、成績が落ちたという噂を聞いたこと、試合でミスを連発したと東本くんから聞いたこと。
山崎さんは「ふん、ふん」と納得できた様子で相槌を打ってくれた。
やっぱり、同じキャプテン経験者に話を聞くべきだったのだ。
私の選んだ道は正解だ。

「なら、俺よりあいつかなぁ」と呟いて、山崎さんは携帯電話をポケットから取り出して誰かに電話を掛けた。
数秒後、「おう、今ヒマしてる?」と会話をする山崎さん。
誰と会話しているのだろう。
さすがに、漏れてくる声がかすかに聞こえるとはいえ、誰だか判別するのは苦しい。
どこかで聞いたことのある波長の声。
一体誰だろう。

「じゃあ、行こうか。俺よりもっとわかってやれる奴を呼び出したから」と言われ、私は頷いて山崎さんの隣を歩いた。
山崎さんは「牛丼が食べたい」と言い出し、近くの牛丼屋へ入る。
私の分まで注文してくれて、三人分の牛丼がテーブルに運ばれてきた。
熱いお茶を三人分用意していると、「ちーっす」と言って背の高い男の人が現れた。
葉山崎の高岩さんだ。
山崎さんよりもわかってくれる人って、この人のことだったのか。
「久しぶり」と言って、高岩さんは私に微笑みかけた。
仁成とのデート中に、高岩さんのデート現場を目撃したことがあるのだ。
それも、半年以上前のこと。



「で、何っスか?この異色の組み合わせは?あ、もしかして、不倫とか」

「バカ、俺はアンと付き合ってるっての。っつーか不倫って。が柊と別れたんだってさ」

「え、ほんと?じゃあ俺と付き合ってくれる?」

「高岩!お前な、空気読めよ」



高岩さんは沈んでいた空気をぶち壊してくれる。
私は大声で笑ってしまった。
なんだか、久しぶりに大笑いした気がする。
「いい顔になったな」と山崎さんが私を見て言った。

私は高岩さんへ、山崎さんと同じように近況を説明する。
高岩さんは「柊も悩んでるんだなぁ」と言って、しみじみしていた。
私が首をかしげると、高岩さんはお茶を一口飲んだ。



「俺、キャプテンになったばかりの頃、部活で頭がいっぱいになって成績が少し落ちたんだ。
 それで、当時の彼女ともあんまり会ったりできなかったから、別れたんだよね。
 正直言って、その頃は彼女のこと好きだった気持ちも忘れかけていて、別に友達でいいやと思ってさ。
 で、部活終わってから、ヨリ戻してまた付き合ってるのが、この前会ったときの、ね」

「じゃあ、仁成もそういう気持ちで・・・」

「柊の場合、ちょっと違う気がするな。俺は、彼女ともう付き合わなくてもいいって思ったから別れた。
 別れた後は成績も伸びたし、部活も調子よくやれたし。柊の場合、逆だろ?」

「逆、ですね」

「ということは、納得いかずに別れを切り出したってことになる。本当は好きで好きで傍にいて欲しくてしょうがないのに。
 2か月もこのまんまなら、さんから柊と接触しない限り、柊はどんどん落ちていくよ。
 勇気を少し出して!そしたら大事なもの、取り戻せる、きっと」



励まされて、元気になれた。
そして、また落ち込む。
仁成にとって私は必要であるはずなのに、私は仁成と接触する勇気を出せずにいた。
仁成が今の状態になったのは私のせいだ。
初めから、会話をして納得いく形で別れたらよかったのだ。

牛丼を食べきり、お茶を飲み干す。
勇気を出そう。
一歩前に踏み出そう。
「いい顔してるな」と二人に言われた。
私は笑顔で「行ってきます」と言い、牛丼屋を出た。
仁成に、会いに行こう。
会って、納得いくまでいっぱい話そう。
お互い納得いく議論ができたら、恋人同士であろうと、友達同士であろうと、この先うまくやれると思った。







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この話には絶対高岩さんを出す、ということを決めていました。
最初は違う形だったのですが、かわいそうな役(振られ役)はやってほしくないので、
こういう形になりました。
牛丼=立花茜。笑

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