[ e s t o - ii ]





傍に脱ぎ捨ててあったジャケットを壁に向かって投げつけた。
バンと音をたてて、ジャケットはラックに置かれたものを巻き込んで静止する。
自分で選んだ道なのに、どうして苛立つのだろう。
ベッドに倒れこんだ。
気丈に振舞っていた
部屋から出て行けば俺には姿は見えない。
けれど、きっと泣いていたと思う。
理由も言わずに、別れを頼み込むということをした俺なのに、即答で別れてくれた。
目を閉じれば、の笑った顔ばかり浮かんでは消えていった。

好きだからこそ、もう大事にできないから別れたんだ。
それでいいんだ。
高校2年生。キャプテンになって、立花との約束を叶えるために。
今までたくさんに支えてもらった。
けれどこれ以上、の負担にはなりたくない。
俺は一人で頑張るから、は自分の道をしっかり歩んで欲しい。

誰か、を幸せにしてやってくれよ。

考え事をしていたら眠ってしまった。窓の外は夜の世界。
テレビをつけたら、人気の恋愛ドラマが放送されていた。
恋愛に関するものを受け入れる気がしないから、チャンネルを変えた。
ニュース番組でエコ特集をやっていた。
ラックの前で静止したままのジャケットを拾い上げた。
ジャケットが巻き込んだのは、バスケット部の写真。
立花、東本、山崎さん、金本、峰藤、芳川、堀井、そして
俺の誕生日に、がくれたフォトフレームとこの写真。
見るたびに、いつもやる気が湧いてきた。
けれど、今は見る気になれない。
の顔を見ると、辛くなってやる気がでなくなる。
俺は、フォトフレームをラックに寝かした。

本当は、今、いちばん傍にいて欲しい人。



何事もなかったかのように登校し、部活の朝練を終えて東本と廊下を歩いていた。
ぼーっとしていたから、目の前にがいることに気付かなかった。
「おはよ」と俺たちに声を掛けたは、俺の横を通り過ぎる。
振り返っての姿を追うことも出来なかった。
のことは忘れよう。
早く、忘れるんだ。
、何か変じゃねーか?」と東本が言っていたけれど、俺にはそんなことを理解する余裕がなかった。

ここは地球の上で、俺は大地に足を踏みしめているのに、宙に浮いているようだ。
「こら、柊」と言いながら、教科書でポンと軽く俺の頭を叩く女教師。
周りは、俺が授業に聞き入っていないことに驚いているようだった。
できれば、もう何もしたくない。

そんな日々を過ごしていた。あれから2か月以上過ぎて、着実に冬に近づいている。
着実に、俺の体重は減っていた。
先日受けた中間テストの成績は、今までにない悪い結果だった。
自己平均点は60点。
クラス平均を越えているとしても、悲惨な結果。
峰藤には叱られた。あいつはその原因が何かわかっていて、指摘しなかった。
俺の問題だ。俺が解決しなきゃ意味がない。
けれど、解決する手段なんて思いつかない。



「柊、ちょっといいか?」
部活を終えて部室で着替えていたら、東本に呼び止められた。
レギュラーだけの打ち合わせをしていて遅くなったから、部室には俺と東本だけ。
東本が鞄の中から、えびみりん焼きをとりだして、それを食べる。
そして、一枚を俺に差し出す。
「まぁ、食えよ」と。

着替え終えて、東本からえびみりん焼きをもらった。
部室には、ボロボロになった椅子しかない。
二人で並んで座った。
パリっと、えびみりん焼きが割れる音が部室に響く。



「2か月くらい前?に、と別れたんだって?」

「・・・あぁ」

「別れた日にが堀井に会ったらしくて、まぁ、なんだ、その日のうちに俺も知ってたわけで」

「ふーん」

「お前、別れてから激やせしたし、成績落ちたし、こないだの試合だってミス連発して負けたし・・・最悪だな」

「そうだな」



最悪だ。
を大事にできないから、の幸せを願って別れた。
そうすれば俺は、バスケットにも勉強にも力を入れられると思い込んでいた。
まったく逆だった。
バスケットにも勉強にも力が入らない。中に浮いたまま。
東本は最後の一枚が入ったえびみりん焼きの袋を俺に渡して、立ち上がる。



「まぁ、柊の問題だからな。
 と別れたら、少なくともバスケットと勉強だけすればいいっていう考えは間違っちゃいねぇ。柊は正しい。
 けどな、はお前と別れることを望んでいたか?大事にされないなら、大事にしてくれる男を探すって言ったか?
 そこらへん、もうちょっと考えろよな。頼むよ、キャプテン!」



東本は、バチィと激しい音が鳴るくらい、勢いよく俺の肩を叩いた。
「痛っ」と東本は自分の手首を振って部室を出て行った。
俺の考えは間違いじゃない。正解だ。
でも、身体と心は正直だな。が傍にいないだけで、こんなに弱くなるなんて。

に会いたいな。
会って、おもいきり強く抱きしめたい。

でも、それでいいのか?
俺のわがままで、を振り回したくない。
の口から、の気持ちを聞くべきだ。

えびみりん焼きを食べていると、立花のことを思い出す。
えびみりん焼きを食べていると、の笑顔が過ぎる。
二人とも、えびみりん焼きが大好きだ。
押し付けられているうちに、俺も少し好きになっていた。
最後の一枚、食べられずにいた。
そのまま鞄に突っ込み、俺は部室の戸締りをして帰路についた。







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えびみりん焼きは私も好きです。
タイトルを「えびみりん焼き」に変更しようかと思ったくらいです。笑
いちばん大切なものを手放してしまい、
他のものも手放してしまうことになっているキャプテーン。

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