[ e s t o - i ]





なんとなく、予感はしていたんだ。
いつもどおりじゃない今日という日。
夜を平常心で迎えられないだろうってこと。
悪い予感だけはいつも当たる。
占い師にでもなったほうがいいのだろうか。

街に出てデートして、仁成の部屋に帰ってきた。
珍しく「ケーキが食べたい」と言い出した仁成は、ケーキを買っていた。
私の大好きなモンブランと、仁成の好きなチーズケーキ。
おいしいはずなのに、苦く感じる。
大好きなホットミルクティーも、痛い。

あぁ、空気がぴりぴり痛いよ。

チーズケーキ、最後のひとかけら、仁成はフォークに突き刺して私の口元へと運ぶ。
ねぇ、恋人があーんって食べさせてくれるのに、どうして悲しい気分なのだろう。
仁成がフォークをお皿の上に置いた。
カチャンと陶器と金属のぶつかりあう音。
仁成の口が動いた。
あぁ、もうおしまいだ。



、ごめん。お願いが、あって」

「な、に?」

「俺と、別れて、ください」



あぁ、ついに仁成が声に出してしまった。
何度も「ごめん」と言う仁成。
そんなに謝られたら困ってしまうよ。
仁成は何も悪いことはしてない。
ただ、恋人に別れを切り出しただけ。

「うん、わかった。今まで、ありがと」
不思議なくらい即答できた。
全く傷ついていないフリをした。
女優じゃない私の演技なんて、うまくいきっこない。
お願いだから、「ごめん」って言うの、やめて。
泣きそうになるから。

強がりなんて、張りぼてだもの。
すぐに崩れてしまう。
仁成の家を出て、扉を閉めた瞬間、涙で視界が濁る。
ぎゅっと目を瞑れば、涙が目からあふれてこぼれた。
走った。マラソン大会のように。
自転車に乗った通りすがりのおばさんが「大丈夫かい?」と声をかけてくれたけど、大きく頷くので精一杯だった。
全然大丈夫なんかじゃない。

こんなときに私を慰めてくれるのは国府津の海くらい。
そんな国府津の海も、カップルが手を繋いで砂浜を歩いていたり、私の目には毒になるものばかりだった。
砂浜にしゃがみ込み、砂を手に取り、前に投げる。
無駄な行為を繰り返す。
涙が溢れて止まらない。

どうして仁成は本当のことを言ってくれないのだろう。
尋ねたとしても言ってくれないだろう。
私と別れる理由は何?
どうして別れることをお願いしなくちゃいけないの?
納得いくまで議論すればよかった?
何もかも、全て手遅れ。
わかっていないのに、「わかった」と即答した私のせいだ。



じゃーん。何してんの?」

大声で名前を呼ばれた。このハスキーな声は、美加のものだ。
振り返ると、堤防の上で大きく手を振る美加と菫の姿が確認できた。
私は小さく手を振って彼女達のいる堤防の上へ向かった。
慰めてくれるのは国府津の海だけじゃないよ。
大事な友人がいるじゃないか、私には。

「仁成と別れた」と言えば、面白いくらいに表情が硬直する二人。
涙を流して赤くなった目元もも気にならないくらい、笑ってしまった。



は納得して別れたの?柊くんが別れようって言ったの?」

「菫がそんなにつっこんでくるなんて意外!別れてってお願いされたの」

「なんじゃそりゃ。柊、何考えてんだ?」

「私にもわかんないから困ってるの!」



いろんなことを尋ねられて、私に答えられたことはほとんどなかった。
別れたということと、仁成から別れをお願いされたということだけ。
当事者が納得いかないのに、周りが納得できるわけないよ。
「殴りこみに行こうよ」と美加が物騒なことを言い出したから、菫と二人で止めた。

もう、いいんだ。
仁成がお願いするくらいだから、きっと何か大事なことを隠してるんだ。
私には知ってほしくないこと。
私は仁成がそこにいるだけで幸せになれるから、私に対して何かを与えてほしいなんて思うことはない。
一緒にいてくれるだけでいい。
でも、それも叶わぬ夢なんだ。
別れてしまった以上、恋人という位置づけはなくなった。
友人として、仁成を支えることはできる。
それで私が幸せになれるのなら、それでいいのかもしれない。

まだ、心の整理はついていない。
それでも、仁成の支えでありたいということだけは、しっかり芯として私の中にあると確信した。







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ひっさびさの、仁成さん長編です。
出だしから明るくないですね。
もっと暗くなる予定だったのですが、 菫&美加コンビ登場後のストーリーが大幅に変わってしまった(汗)

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