[ レ ン タ ガ ー ル 4 ]





肩に掛かる力。
私は、自然とその力のほうへ頭を傾けた。
こつんと、何かにあたる。
顔を傾けると、真っ赤な髪が目に飛び込んできた。
レノさんの髪。
レノさんが、私の肩に頭を預けて眠っている。
私の手に、レノさんの手が重ねられていた。

あたたかい。

けれど、ぬくもりをかみ締めている余裕はなかった。
私は、側に転がっている短銃を握って立ち上がる。
もちろん、レノさんの体を倒さぬように。木にもたれさせて。

何かが近づいてくる。
でも、レノさんは気づく気配を見せない。
疲れて眠っているのだ。
私がいるからだ。
私をかばってくれているから。
イリーナさん、私、ただの荷物にしかなれなかったよ。

私は近づいてくる何かに向かって走った。
遭遇する直前に、方向転換する。
できるだけ、遠く。
レノさんから遠く離れたところに行くんだ。
川のせせらぎが聞こえた。
私は銃をぶっ放す。
耳をつんざく音に、私は顔をゆがめた。
何発打っただろう。
弾丸は空になった。
私は銃を投げ捨てて、川へ飛び込んだ。
意外と深いようで、足が底に届かない。
そのまま流された。
何もかも、どうでもよくなった。

しばらく流されて、私は川原に打ち上げられた。
どうやらおまけもたくさんついてきたようで、私の周りにはニビ熊が三匹倒れていた。
あのときの気配は、このニビ熊だったんだ。
私の放った弾丸に傷つきながらも、まだ私を追ってきたのか・・・。
彼らの息はもうなかった。
けれど、体が動かない。

もう少し、生きられる、かな。
残された時間で、何がしたいかな。
けれど、体が動かないから何もできない。
思考回路もうまく働いてくれない。

母さんに感謝の言葉を伝えたいな。
でも、もう会えないか。
父さんと恋人の墓参りに行きたいな。
そんなことしなくても、もうすぐ会えるか。
イリーナさんに謝りたいな。
何の役にも立てない、この私に優しくしてくれて。
あとは、レノさん。
あなたに、もう一度、会いたいな。

最初は怖いと思った。
持っているオーラが怖かった。
けれど、本当は優しい人なんだ。
私のこと、たくさんかばってくれた。
大事にしてくれた。

体が冷え切っている。
指先の感覚がなくなった。
目を開いているはずなのに、何も見えない。
もうダメなんだ。
目を閉じた。
眠るのか、死ぬのか、わからないけれど、怖いと思うことすらできなかった。





真っ白。
世界が真っ白。
うつろな目で確かめる世界は真っ白だった。
右手からぬくもりが伝わる。

わたし、いきてるんだ

顔を右へ倒すと、隣のベッドでレノさんが眠っていた。
私の右手は、レノさんの左手と繋がっている。
ここは、きっと、病室。
私のベッドとレノさんのベッドは隣同士くっつけられている。
レノさんにもう少し近づきたくて、体を動かそうとしたら、左手に痛みが走る。
顔を歪めて左を見ると、私の腕には管が繋がっていた。
点滴の管。
私は諦めて、体をよじった。
右を向いて、レノさんの寝顔を眺める。
まつげが長いな。
色が白いな、いや、顔色が悪いのか。
真っ赤な髪の毛、つやつやできれいだな。

お互い、生きてるんだ。
誰かが助けてくれたんだ。
イリーナさんかな。
それとも、他の、まだ会ってないツォンさんやルードさんかな。

私は大きく息を吐いた。
こんな世の中だからこそ、世界を確かめたかっただけだった。
好奇心が、行動力が、仇となった。
しばらくは家でおとなしくしていよう。
母親が営む喫茶店の手伝いをしよう。
それから、いい人を見つけて、結婚して子供を産んで、普通に暮らせばいい。
そんなことを思い描いた。

・・・・・・」
今にも消えてなくなってしまいそうな声で、私は名を呼ばれた。
レノさんの瞳がこちらを見ている。
目を覚ましたんだ。
微笑んでみた。
うまく、微笑んでるかな、私。





「さすがに、イリーナは、狼狽していたぞ、と。がこんな目に遭って」

「そう、ですか。生きてるから、いいんですよ。金輪際、こんなことは二度としません」

「俺は、よかったけどな。と一緒で楽しかったぞ、と」





ニカっと口を横へ広げて笑うレノさん。
私は困惑する。
足手まといの私に対する情けなのだろうか。
レノさんは繋いでいた手を離して、ベッドから体を起こした。
もう、起きて大丈夫なのだろうか。
そして、「悪かった」と消えそうな声で言って、部屋から出ていった。

何が悪いというのだろう。
レノさんは何も悪くないのに。
呆然としていると、バタバタバタと慌しい足音が聞こえ、勢いよく病室の扉が開かれた。
イリーナさんが顔を出してくれた。なんだか、疲れた表情だ。





さん、ほんっとうに、申し訳ありません。
 こんな危険な目に遭わせてしまいまして、心からお詫び申し上げます」

「そんな、イリーナさんが謝ることなんてないのに・・・」

「レノ先輩も、相当落ち込んでいました。あんな姿、初めて見ました。
 守る自信があったのだと思います。けれど、レノ先輩の気持ちのほうが予想外の揺れ方をしたようで」

「気持ちの揺れ?」

「あ、いえ、気にしないで下さい。
 実は、さんのお母様に連絡したのですが、『生きてるならそれでいいわよ』と仰っただけで、仕事に戻られてしまいました」

「あはは、母はいつもそんな感じなので気にしないで下さい。
 父と私の恋人が亡くなったときでさえ、グラスが割れたかのように『死んでしまったわ』と言ってましたから」





「まぁ」と驚いた表情のイリーナさん。
微笑ましく感じる。人間味に溢れた人なんだ、この人は。

この後、イリーナさんとたくさん話をした。
上司のツォンさんが私へ謝罪しにきた。
レノさんと顔を合わすことは、私が退院することになる三日後までなかった。







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次回最終話予定。
いろいろ失敗したな。今度はちゃんと考えて書きます><

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