[ 覚 醒 ]





、内定を得ることができました!
十月一日、内定式で受け取った内定証明書。
内々定の通知を受け取ったときも嬉しかったけれど、これから社会人として本命の企業で働ける嬉しさに勝るものではない。

内定式の後の懇親会。お酒も出たから、ビールを少し飲んだ。
いい気分だ。
ほろ酔い気分がいちばんいい。
同期になる人達からカラオケのお誘いがあったけれど、明日は朝一でゼミがあるから休めない。
丁重にお断りして、私は家路を急いだ。

ほろ酔いの私は、うっかりしていて一つ手前の駅で降りてしまったらしい。
定期券の区間内だから切符は持っていない。特にトラブルもなく下車できてしまう。
駅前の景色が違いすぎて目が覚めた。
ここは、隣の駅。原田くんが住んでる街。

ついでだから夜道を歩こうと思い、歩いてみた。
歩きなれた道。見慣れた景色。家庭教師をするために、原田くんの家に通いつめた。
今は、ゼミが忙しくなって家庭教師ができなくなった。
だから、原田くんは予備校に通っている。
原田くんの住んでるマンションの前まで来てしまった。
部屋の明かりが消えているから、今は家にいないんだ。
予備校にでもいるのだろう。

私はUターンして、今まで歩いてきた道を辿っていく。
前から男の人が歩いてきた。
避けたら手首をその人に強く掴まれた。
身構えたら、そこには原田くんがいた。
私の手首を掴んでいるのは原田くん。





さん、お久しぶりです」

「あ、原田くん、久しぶり!」

「スーツ着て、どこ行ってたんですか?」

「内定式」





初夏を思い出す。
家庭教師を辞める決意をしたこと。それを教え子に伝えたこと。
文句を言いながら、私が辞めることに同意してくれたこと。
最後に言ってくれた、励ましの言葉と笑顔。
フラッシュバック。
私の、当時の気持ちもよみがえる。

私の好きな笑顔を見せてくれる原田くん。
「寄っていってよ」と私の手を引きマンションへ向かっていく。
疑問に思わないのだろうか、彼は。
私がなぜこんなところにいるのか。

誰もいない部屋。
把握している部屋の間取り。
何も変わっていない。
なんだかいい匂いがするなと思えば、母親が原田くんの夕食を用意して仕事に行ったようだった。
コンロの鍋を開けて「カレーだ!」と喜びの声をあげる原田くん。
カレー、好きなんだね。

原田くんは私の分のカレーライスも用意してくれた。
私が食べて量が減ってしまって大丈夫なのかな?
今まで何度もこの部屋にあがったけれど、夕食を一緒に食べるのは初めてだ。
不思議な感覚。





「元気そうで何よりですよ。会いたかったー」

「私に?」

「そう。カテキョやってもらってるときは定期的に会えたけど、辞めちゃったら俺たち接点ないでしょ?
 あ、電話すればよかったか!まー、でも電話って相手の時間をとってしまうし・・・」

「原田くんのためなら私の時間とってもだいじょーぶ!ばんばん持ってけー」





ほろ酔いだから、いつもと違うことも言えてしまう。
そんなこと、原田くんには関係のこと。
私がヘラヘラしているものだから、原田くんは不思議な生命体を見ているような表情をしている。
仕方がないか。ほろ酔いの私に会うことなんて、レアだもの。

少し顔を赤く染めている原田くんが、突然立ち上がってこちらを向いた。
目が泳いでいる。





「どうしたの?急に」

「あ、その、もしかして、酔っ払いですか?」

「アハハ、うんうん。確かに酔っ払いだよ、私」

「じゃあ素面のときに言います」

「何を?」





しばらくの沈黙を経て、原田くんの爆弾発言。

「素面のさんに告白しなきゃ意味がない」

また目が覚めた。
酔いまで醒めたのじゃないかと思う。
私が硬直していると、「まーまー、また今度!」と原田くんは笑っていた。







から揚げくんと愛の唄(つづき)

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つづきます。
徹くんはカレーが夕食で喜ぶタイプな気がする。笑


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