[ ア イ ド ル シ ス タ ー ]
「原田センパイ!」
笑顔付きで俺に声をかけてくれたのは後輩の。
女子バスケット部のルーキー。
成績優秀、運動神経バツグン、料理もできる、おまけにかわいいときた。
そんな剣崎学園のアイドルが、俺に惚れているらしい。
明日にでも地球は崩壊するんじゃないか?
天変地異の前触れか?
周りには冷やかされるし、実際、俺もそう思う。
けれど、俺は彼女に恋愛感情を抱けないんだ。
も、俺がと距離を置いていることはわかっている。
それでも俺に接触してくる。
これがアピールってやつか?
「昨日、従姉とクッキー作ったんです。センパイ、食べてくれます?」
首をかしげて上目遣い。
普通の男ならイチコロだ。
もらおうと思って手を伸ばした。
けれど、それでいいのか?
何度アタックしても振り向かない俺なんかより、もっと別の男のところへ行けばいいんじゃないのか?
彼女の人生を俺に費やすことで無駄にしている。
だったら違う方向を向けるように冷たく当たることも必要?
悩んで、結局クッキーはおいしくいただいた。
肝心なときに意志をはっきり伝えられない。
意気地なし。
「お口にあいますか?」
「モチロン!よく作れんな、こういうの」
「食べてくれた人が嬉しそうな顔してくれるのがイチバンのエネルギーなんです!」
「そうだな、俺もプレイしてるときの歓声がエネルギーになるもんな」
また普通に会話してしまった。
いつになったら冷たく突き放すことが出来る?
いつになったらのことが好きになれる?
そんな葛藤をいつから繰り返してる?
通学途中に出会った。
正面玄関で別れ、俺は教室に入り席について項垂れる。
俺に好きな人がいたら、彼女がいたら、何の問題もない。断ればいいだけ。
けれど、好きな人もいなくて彼女もいなくて、恋人はバスケットボール状態。
さらに言うならば、から俺のことが「好きだ」という言葉を一度も聞いていない。
これは致命的。
彼女は何を考えている?
好きになった人から好かれない辛さは知っている。
好きになってくれた人の気持ちに応えられない辛さもわかった。
嘘でも「好きだ」って言えばいいか?
嘘なんてすぐバレる。
どうすればいいかわからない。
味方が全員マークされていて、誰にパスを出せばいいかわからないときと同じくらい、
いや、それ以上に悩む。
「そこまで悩む必要ないんじゃないのか?放っておけばいいだろ。相手は徹に何かを要求しているわけじゃないし」
「というか、俺はの将来を思って・・・」
「どこの父親だ、お前」
「そりゃ高柳は追いかけられる側じゃねーからそんなこと言えるんだろうけどさ、俺にとっては一大事」
「どうして?好きな人も彼女もいないのに?」
黙り込んでしまった。
もう言い返す言葉が浮かばない。
高柳は肩をすくめて練習に戻る。
隣のコートで練習するの姿を眺める。
盛大なため息をついて俺は練習に戻った。
どうすりゃいいんだ、俺は。
あれからひと月ほどが過ぎた。
台風の目にでも入ったのだろうか。
から声をかけられることがなくなった。
通学途中にも会わない、下校時にも会わない。会うのは部活のときくらい。
が台風だとして今が本当に目の中にいるのだとしたら、そのうち暴風雨に巻き込まれて最終的には終了。
終了って何だ???
何だろう、この静けさ。
いつもなら聞こえない声がたくさん聞こえる。
自分の中の声も。
「本当に、好きじゃないのか?」と。
本当に、俺はのことを好きではないのか?
誰も好きではない、それが正解か?
どちらかといえば、かわいい妹ができたような気分。
そんな妹から本命のバレンタインチョコをもらった俺はどうすればいい?
「原田センパイ!バレンタインデーのお菓子です。受け取ってくれませんか?」
「俺に?から?」
「はいっ。ちなみに本命ですよ。私、原田センパイのことが好きなんです」
「あ、うん、さんきゅ」
「わかってますけどね、でも、いいんです」
は、俺が振り向かないことをわかって今まで接していたらしい。
報われない気持ちを抱えたままだけれど、人を好きになって想えることが幸せだからそれでいいのだと。
唯一の救いは、俺に彼女もいなくて好きな人もいないということ。
「ま、これは私の気持ちなんで、来月のお返し待ってまーす」
と最大級の笑顔を俺に届けて、は去っていった。
嵐のような奴だ。
来月どんなお返しをすればいいのか、という悩みが1つ増えた。
は、ただでは俺を放してくれないようだ。
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好意を寄せられているとわかっていても、
好意を抱けないこともあるんじゃないかっていう。