[ 誘 惑 ]





「ほんとあっちゅー間に冬だよ、冬」真っ赤なマフラーをしたが言う。
吐く息は白い。
今日の最低気温は3度。
最高気温もたいして高くないから、帰りでも寒い。
日差しは温かいけれど、風が冷たい。
身を切る寒さとはまさにこのことだ。
顔が切れて血が噴き出しそうだ。

クリスマス用のイルミネーションがキラキラ輝く駅前。
人工の光が俺達を温めてくれる。
カップルが手を繋いで歩いている。
携帯電話をいじって待ち人が来るまで気を紛らわせている人。
クリスマス、恋人達は永遠の愛を誓うのか?

恋人はいないし、好きな人には彼氏がいるし、彼氏って奴は俺の友達だし、クリスマスは毎年部活だし。
クリスマスという名前だけついていて、俺には何にも意味は無い。
クリスマスイコール12月25日。ただそれだけ。
「今年のクリスマスはどうすんの?」に尋ねてみた。





「どうもこうも、部活でしょ?キャプテン、クリスマスくらい休みにさせてよー」

「俺じゃなくて監督に言ってくれよ」

「怖いからやーだー。でもいいの、お正月は休みだしね。鉄朗、クリスマスなんて関係ないって言うもん」

「美濃輪らしいよな」





は笑ってた。
好きな人といられるのなら、クリスマスもバレンタインも関係ないんだ。
イベントなんて後付け。
必要なのは愛だけ。
愛のない俺に、クリスマスもバレンタインもない。

好きな人に恋人がいるなら奪い取ってしまえ、そんなことできるわけないだろ。
キラッキラの笑顔振りまいてるは、美濃輪と一緒にいられて幸せなんだ。
そんな幸せを奪うなんて俺にはできない。
俺に言い寄ってくる子がいないわけじゃない。
けれど、今の俺は以外考えられない。

「高岩は最近どうなの?」わかっててこういう質問するのかな、は。
元気です、調子いいです、キャプテン頑張ってます、そんな答えがほしい質問じゃない。
好きな人はいるのですか?そういう意味の質問。
興味津々なは、黙り込んでいる俺の顔をのぞきこむ。
俺はのおでこを手のひらで押し返し、距離を保つ。





「どうもこうもないですよ、奥さん」

「何にもないの?モテモテじゃん、キャプテンはさぁ」

「好きな子振り向いてくれなきゃ意味ないじゃん」

「そうね・・・・・・」

「わかってんだ」





「そうね・・・・・・」この返事で確信できた。
は俺の好きな人を知っている。
俺がのことを好きだと知っている。
わかっていて、質問したのだ。
「ごめん」は俯いて謝った。
悪いのはじゃないのに。
悪いのは俺だ。彼氏がいるとわかってても、諦めきれないこの想いを抱えているから。

のこと、好きになってごめんな」なぜか謝っていた。
今にも泣きそうな顔をして、俺を見上げるが愛おしい。
抱きしめてやりたいと何度思ったことか。
唇に触れたいと何度思ったことか。
顔をそらして手に力を入れる。
力を余して、手が小刻みに揺れる。

「バカっ」と搾り出したような声では言った。
驚いて俺は振り返る。
の頬を涙が伝うのがはっきり見えた。
は俯いて言葉を紡ぐ。





「そんなふうに言われたら、もっと好きになっちゃうじゃん」

「え?」

「わかってなかったの?鉄朗と一緒にいても、ずっと高岩のこと好きだったんだよ。気づいてよ。助けてよ」

「じゃあどうして美濃輪と付き合って・・・」

「好きだと思い込んでいたの。本当に好きな人は、わかってなかった」





「もういいから、ごめん、ほんと、ごめん」手で涙をぬぐいながら、は去っていく。
俺との進む方向はここで変わるんだ。
何もできなかった。
ただ、彼女の背中が見えなくなるまで、ずっと立っていた。

知らなかった、が俺のことを好きだなんて。
そうとわかっていたら、なんとかして彼女を幸せにしてやろうと思ったのに。
人間の考えていることなんてさっぱりわからない。
けれど、なんとかしてわかろうとするんだ。
決してひとつにはなれない。だから、少しでも近づきたい。

近づきたいんだ。ふたつのままでいいから。







   NEXT:バウンドボール

**************************************************

書き終えてこのままでいいかと思ったのですが、
やっぱり続きを書きます。後味悪いし。
思い込みって何事においてもいいことにはあまり繋がらないですね。
inserted by FC2 system