[ 徹 夜 明 け の 帰 り 道 ]





「朝帰り」と言うと、なんだか少しやらしい響きだけれど、私の場合は全くそうではなくて。
仕事で徹夜して会社に泊まって朝帰り、むしろ昼帰りなもんだから前者の方が余程マシに思えてくる。
いつもの急な坂道を登って家に帰る。
朝ご飯はまだ食べていないのに、時刻は十二時半を指していた。
携帯のディジタル表示が憎らしく思える。
朝から晩まで、晩から朝まで、ずっとパソコンに向かい合っていたから。

家の近所に高校があり、その側を通るとなつかしく感じる。
高校時代なんてもう5年も前の話。
私の母校ではないけれど、近所にあるということで、とても親近感のある高校だ。
何事もなく通り過ぎようとしたのだけれど、目を高校に移した瞬間、普段は人気の無い正門の木陰に人が二人いて驚いた。
なんだか緊迫した雰囲気で、フェンスごしであるとはいえ、その側を通ることがはばかられた。
私は、とっさにしゃがんで学校を囲っているブロック塀を壁にする。
女の子の高い声はよく通る。
あまり大きな声で言っていないと思うが、彼女の声が私には丸聞こえだった。





「あ、あの、ずっと前から、好きです。好きなんです。その、彼女がいないんでしたら・・・」

「ありがとう。気持ちだけもらっておくよ。俺、好きな人いるから」

「そ、そうですよね。高岩さんに好きな人がいないわけないですもんね。ごめんなさい、お時間とらせてしまって」





愛の告白場面に立ち会ってしまった・・・!!!
私は貴重な体験に内心ドキドキしていた。
満面の笑みで家へ帰ろうと立ち上がった瞬間、後ろから「何してるんスか?」と声がして驚き、奇声を発してしまった。
振り返ると、さきほど女の子の告白を断った男の子が笑って立っていた。
私は苦笑いして後ずさりする。
けれど、男の子はフェンスを軽々と飛び越えて学校の外へ出てしまう。





「ごめんね、盗み聞きするつもりはなかったんんだけど、素通りして雰囲気壊しちゃうのも嫌だったから」

「いいっスよ、別に。こういうのは慣れてるから、雰囲気とか気にしないんで」

「あんたは気にしなくても、彼女が気にするでしょーが」

「あ、その通りですね」





ヘラヘラと笑って、彼はブロック塀にもたれた。
私は何をしているのだろう、知らない高校生とにこやかに話している。
徹夜明けでご飯を食べていなくて、早く家に帰りたくて仕方なかったはずなのに。
彼にはひきこまれてしまう。
顔立ちにひきこまれるのではなくて、この場の空気にひきこまれてしまう。
もちろん、彼は一般的に言えば顔立ちがよい方に含まれるのだけれど。

私も高岩くんの隣に並んで、ブロック塀にもたれかかる。
実際、自分に弟はいるけれど、高岩くんはずっと年下だからとてもかわいらしい弟のように感じる。
穏やかな気分になれる。
けれど、徹夜しているので眠りたいという生理的欲求が消え去るわけも無くて、あくびを連発してしまった。
高岩くんはきょとんとしていた。
「朝帰りっスか?」と面白そうに尋ねてきたので、ムッとした表情で「仕事で徹夜して朝帰りなんですよー」と言ってやった。
高岩くんがつまらなさそうな顔をしているので、私は吹き出した。





「期待はずれで悪かったわね。私、彼氏いないしー」

「フリーなんスか?・・・ずっといるのかと思ってた」

「ずっとって、え?」





今日初めて会った人なのに、高岩くんは私のことを前から知っていたような言い方をして驚いた。
記憶をたどるけれど、高岩くんのことは思い出せない。
うーんうーん、とうなっていると、高岩くんは笑っていた。
朝練していると、体育館の側を通っていく私の姿が見えるらしい。
たまに、大学生の弟と同じ時間に家を出るので、弟が私の彼氏、もしくは旦那さんに見えていたのだと。
今度は、私が逆に笑う番になった。弟が私の旦那さんだという時点で面白話以外ありえない。

高岩くんは手をポンとたたいて「そうだ!」と思い出したように言う。
「おねえさんの名前、聞いてもいいですか?」と。
今更だなと思いつつ、私は自己紹介する。





です。葉山崎高校の近所に住んでる社会人一年生です。かなり頻繁に徹夜朝帰りしてます」

「高岩覚司です。葉山崎高校二年生です。バスケ部のキャプテンです」





かしこまって自己紹介するのが不思議だった。
高岩くんは「よろしくお願いします、さん」と言って、手を差し出す。
私も「よろしくねー、高岩くん」と言って、その手を握り返して、握手する。
私は本当に家に帰ろうと思い、高岩くんに手を振って別れた。
突然大声で高岩くんの声が聞こえて、しかもその内容が拍子抜けするものだったので私はずっこけた。
本気なのだろうか。





さーん、フリーなんだったら俺と付き合いませんかー」







 豹変して異世界

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アンケで「自分が社会人、相手が学生な関係」が上位だったので。
大学でよく徹夜でパソコンに向かってたので、徹夜朝帰りはよくあることでした。
飲み会朝帰りもよくあることだけど。
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