[ 豹 変 し て 異 世 界 ]





依頼を受けていた仕事の納期は過ぎ、次の仕事に取り掛かるまでしばしの休暇を頂いた。
丸1週間休みがあるのは久しぶりだ。
買い物、友人との飲み会、家の大掃除と、頭の中でスケジュールを立てる。
まずは大掃除と気合を入れ、私は部屋中のものをひっくり返して掃除する。
いらないものも、たくさん出てくる。
思い出の品が出てくると、高校時代、大学時代を思い出す。

高校のアルバムを見ていると、部活ごとの写真があり、バスケットボール部を見て思い出したことがひとつ。
葉山崎高校の高岩くんに冗談だか本気だか、わからないけれど「お付き合いしませんか」と言われたこと。
仕事へ行くときにバスケ部専用体育館の側を通るけれど、ギャラリーがたくさんいて中まではよく見えない。
彼は元気にしているかなと思い、家の外へ出てみる。
少しだけ歩くと葉山崎高校が見えてきた。
普通の体育館の側を通ると、授業中なのだろう、男の子達の声が聞こえた。
ドリブルをしている音がするからバスケットをしているのだろうと思い、フェンス越しに開け放たれた扉から中をのぞいてみた。
Tシャツ、短パン姿の男の子たちが、楽しそうにバスケットをしていた。
フォームがきれいな男の子がいるので凝視すると、高岩くんだった。
手を抜いているのだろうけれど、流石バスケ部だ。フォームが一定で、とてもきれい。
目で姿を追っていると、高岩くんは私が外にいることに気づいて、開け放たれた扉の所へやってくる。





「お久しぶりです、さん!元気にしてましたー?」

「うん、元気よ。仕事の納期が過ぎて、1週間お休みいただいてるの」

「お疲れ様っスねー」





授業中だから、高岩くんが外の人間と話していると呼び戻されるのは当たり前のことだ。
去り際、高岩くんは私を練習試合に招待した。
「日曜の二時から、うちの高校でバスケ部の練習試合あるんで、見に来てくださいよ」と。
私は休みの間のスケジュールに、練習試合観戦を付け加えて修正した。

早めに家を出て、葉山崎高校へ向かう。
試合開始三十分前だというのにも関わらず、大勢のギャラリーで体育館はいっぱいだった。
特に、女の子が多い。
試合前のウォーミングアップで選手達がコートを駆け回る。
女の子達の歓声、黄色い声が響き渡る。
改めて思い知らされる。高岩くんがどれだけ人気なのかを。

体育館の二階席に滑り込む。
隅の方でコートを眺めていた。
初めて会ったあの日とも、今日の試合に招待された日とも違う、笑顔が全くなく真剣そのものの高岩くん。
怖いくらいの顔つきに背筋が凍るような気がした。
たった2度しか会ったことはないけれど、初めて見る顔に戸惑う。

試合開始を知らせるブザーが鳴り、私の目は高岩くんに釘付けになる。
目が離せない、離そうとしても離れない。
一つ一つの動作がスローモーションのように、私の目にはっきりと映る。
ただ単純に、かっこいいと思った。
シュートを決めてガッツポーズをとり、ちらとこちらを向く。
周りの女の子達の歓声はほとんど悲鳴に近く、私の耳にキンキン響く。
今日、初めて高岩くんが笑顔を見せた。
私も、それにつられて笑顔になる。

試合は葉山崎高校の圧勝。
私はそっと体育館を後にした。
高岩くんに会おうかと思ったけれど、このギャラリーの多さに無理だと悟る。
そのまま真っ直ぐ家に帰ろうと、正門を出て、学校沿いに歩いていた。
自分の高校時代を思い出していた。
毎日、早起きして部活の朝練に参加して、授業を受けて、友達とおしゃべりして、放課後部活に勤しんで、
たまに土日になると彼氏とデートして、幸せいっぱいだった。
今の自分はお金を稼いでいるけれど、毎日毎日仕事の締め切りに追われている。
なんだか、葉山崎高校が異世界に思えてきた。
学校は違えど、つい5年前にいた場所なのに。





「待ってくださーい、さーん」と私を呼ぶ大声。
振り返ると、先ほどの試合のユニフォーム姿のまま、高岩くんが走ってきていた。
私は立ち止まる。
高岩くんは首に掛けているタオルで汗をぬぐう。





「本当に見に来てくれたんですね、試合」

「来てくださいねって言ったのは高岩くんでしょ?」

「そうなんですけど、忙しいから来ないかと思って。アップしてる時にさん見て、すごく嬉しかったんですよ」





笑顔、笑顔。笑顔であふれている。
高岩くんの笑顔を見ていると、不思議なことに元気が出てくる。
つい先ほど、つまらないことを考えていたとは思えないくらい、元気が湧いてきた。
仕事がなんだ、締め切りがなんだ。
これが私の今の生活なのだから、立ち向かって切り崩していなくちゃ。





「今日は、招待してくれてありがとう。とっても楽しかったし、元気になれた」

「どういたしまして、と言っても俺はバスケットしてただけなんですけどね」

「ううん、その姿がかっこよかった。見ていて、気分がよくなったよ」

「だったら、その見返りに何かくれますか?」





私は「できることならなんでもしてあげるよ」と言った。
すると、答えはあっさり返ってきた。
「じゃぁ、俺と結婚を前提にとは言わないですけど、付き合ってください」と。
私はまたずっこけた。
けれど、高岩くんは笑っておらず、真剣な顔のまま。
私は、そのまなざしを受け止めきれず、目を逸らす。
目を逸らしたまま、少しの間考えてみた。
付き合ってもいいかもしれないと。
たった数日なのに、一緒にいると元気になれた。徹夜明けでものんびり話ができた。





「前から好きなんです、さんのことが。
 毎日、しゃきっとして仕事に行く姿とか、弟さんと話しているときの笑顔を見てて、惚れたんです」
なんて言われたら、断れない。もともと断る理由も無いけれど。
「うん、いいよ」と返事したときの、高岩くんの喜びようと言ったら、

試合で勝ったときよりも、ずっとずっと喜んでいた。









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タイトル、豹変する異世界。
豹変する(高岩覚司くん)と(社会人から見れば)異世界、をくっつけただけ。

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