[ 君と「いただきます」の午後 ]





「月曜日は私がお昼ご飯を用意してあげよう。だから購買に行ったり、コンビニで買ってきたりしないでね」とさんから謎の宣言をされたのが金曜日。土日は部活に励んであっという間に過ぎ去ってしまった。
 晴天の月曜日。暑くもなく、寒くもなく、外で昼食をとるにはもってこいの日。さんは俺のために弁当を作ってきてくれた。なんでも料理の練習中らしい。
 体育館の側にある花壇の近くに置かれたベンチに腰掛け弁当箱を開けると、卵焼きと焼鮭、ほうれん草とコーンの炒め物、白いご飯の上にはハート型に切り抜かれた海苔が一枚置かれていた。第一印象はシンプルな弁当、その次に海苔が気になってきた。さんの弁当箱を覗き込むと、のり弁のように海苔が敷き詰められている。

「俺もそっちがよかったな、のり弁!」
「えー、ハートに切り抜くの大変だったのに。愛情たっぷりだと思わない?」
「ハート形のチョコレートならまだわかるけど……」
「じゃあ来年のバレンタインデーはハート形のチョコレートにするね」
「まだ五月なのにバレンタインの話かよ……」

 二人で手を合わせて「いただきます」と言ってから弁当に手を付ける。手作りの弁当を食べるのは小学校以来だろうか。教室でクラスメイトと食べるパンも悪くはないが、さんと一緒に、しかも彼女の手作りの弁当を食べるのは充実した高校生活の一ページを刻む。
 一つ年上で三年生のさんと校内で過ごせるのも一年切っている。模試に向けて弱点潰しの勉強も忙しいだろうに、料理までしようと思うなんて向上心の塊だなと尊敬の念でいっぱいになる。俺は相変わらずバスケ漬けの生活だ。合間でさんとデートもろくにできやしない。それでもさんは年下の俺のことを構ってくれる。

「どう? おいしい?」
「おいしいっす」
「よかったー。徹くんにおいしいって言ってもらえるのがいちばん嬉しい。また作ってきてもいい?」
「もちろん。でも、さん勉強とか忙しいのに、料理する時間なくない?」
「息抜きだよ。あと、いつか一人暮らしするときに備えて料理できるようになりたいってのもあるし、それに……」

 さんは卵焼きを自分の口の中に入れて咀嚼している。それに、の続きはどこへ行った? 言わないつもりか? 弁当に手をつけずにさんを見ていると、飲み込んだ瞬間こちらを向いてにこりと微笑んで口を開く。

「育ち盛りの徹くんがパンばかり食べてるのはもったいないと思ったから。未来の剣崎のエースに栄養満点の料理が必要で、それができるのは私しかいないって。私なんかじゃ栄養満点のお弁当を作るのは難しいけど、パンだけよりはマシだと思うんだよね。ちゃんと作れるようになったら、今度は栄養バランスを考えたレシピにしたいなって思ってるよ」
「そこまでしてくれなくても……」
「好きな人の力になりたいって思うのは、徹くんにとって迷惑なこと? 面倒くさいって思う?」
「いや、全然迷惑じゃない」
「だったら、私の好きにさせて。徹くんと一緒の高校に通うのも一年切ってるし、さすがに同じ大学に通うかどうかなんてわからないしね」

 迷惑ではないけれど、返せるものが何もなくて申し訳なくなる。プレゼントを贈れるほど金も持っていないし、勉強を教えられるほど成績もよくないし、俺自身が年下だから習っていないことだって多い。
 悩んでいると眉間に皺が寄ってしまい、さんに人差し指でつんと突かれた。呆然としている俺を見て彼女は声を上げて笑う。そんなに俺はおかしな表情をしていたのだろうか。

「たくさん悩むのはいいことだけど、シンプルに人の厚意は受け入れればいいんだよ。私はおいしかったらおいしいって言ってほしい。ただそれだけ」
「それだけでいいんすか?」
「徹くんにおいしいって言ってもらえるだけで私はとっても嬉しいよ。もちろん、おいしくないときは、ちゃーんとおいしくないって言ってね。成長しなくなるから」

 さんに微笑まれると頷かざるを得なくなる。優しくて思いやりがあって俺にはもったいないくらいできた人だ。がさつな俺がさんを優しさで包むようなことができればいいなと思いながら「ごちそうさまでした」と手を合わせて弁当箱を閉じた。

 また君と「いただきます」を一緒に言えればいいな。





タイトルはOTOGIUNIONさんからお借りしました。

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久しぶりに徹くん書いたので言葉使いとかが不安ですが……。

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