[ 向日葵の咲いた日 ]





俺、妹いないけどさ、泣いている妹を抱きしめたくなることなんてないよな。
目の前で泣いているこの子は、かわいい妹じゃなくて、後輩だよな。
だったら、抱きしめてもいいよな。



4月を迎えて、この俺も最上級生になった。あの高柳が卒業して、俺たちうまくやっていけるのかと思ったけれど、なんやっている。
それは部活と勉強の話。
かわいい後輩との色恋沙汰となれば別だ。どうもうまくいかない。
のことは好きだ。でも、かわいい妹ができたように感じる。妹なんていないけどさ。
告白されてまんざらでもないから付き合い出して半年以上。
相変わらず苗字で呼びあい、手も繋がない、抱きしめたこともキスすらしたことがない。
がまんなんてこれっぽっちもしていない。
に魅力がないわけでもない。
他の女に気があるわけでもない。
俺が、恋愛に対して頑張ろうとしていないから。



「原田さん、心ここにあらずですよ。私の話、聞いてます?」
「悪ぃ。意識飛んでた」
「仮にも彼女が話してるんですから、しっかり聞いてください」
「はいはい」



こんな俺に愛想をつかさないもたいしたものだ。
俺のどこがいいのだろう。
優しくもないし、金をもっているわけでもない。
バスケットは、多少いい線いってるかもしれないが。
わずらわしいなら切ればいいのかもしれない。
でも切ろうとは思わない。
何なんだろうな。
自分のことなのに、よくわからない。



「じゃあ私はこっちなんで」
「おう、またな」
「はい!おやすみなさい」
「おやすみ」



別れ際の笑顔が、ぎこちなかった。
いつもなら、向日葵が咲いたような笑顔なのに。

あれから1ヶ月。俺はかわりなく過ごしている。とは時間があえば一緒に帰るくらいで、後はメールするくらい。
俺と楽しそうに話をするけれど、別れ際の笑顔は毎回ぎこちなかった。
週末の金曜日、部活が早く終わったからを誘って一緒に帰った。
俺から誘うのは珍しいから、は喜んでくれた。



「原田さんから誘ってくれるなんて、レアですね。すごく嬉しい」
「たまにはなー。それと、元気がない理由を聞こうと思ってさ」
「え?」
「最近元気ないじゃん。悩んでるなら話くらい聞くよ。俺、頭悪いからそれくらいしかできないし」



は眉をハの字に曲げて、こちらを見た。
どうして、そんなに目を潤ませる?
どうして、そんなに歯を食いしばる?



…」
「今日でお別れです」
「え?」
「引っ越すから今日で、お別れ。今までありがとうございました。…バイバイ」



言い切って、は俺から目を逸らした。
けれど、ドラマであるような「走って逃げる」ということもなく、俺の隣で変わらず歩き続けた。

お別れって、別れるってこと?
単に、遠距離恋愛になるってこと?



「私の恋とさよならなんです。原田さんがそんなに私のこと好きじゃないのはわかってました」
「いや、そんなこと一言も…」
「でも、私の一方的な片想いだとしても、一緒に学校から帰ってくれたり、デートしてくれたりして嬉しかった。
 毎日楽しかった。それなのに、こんな形でお別れしちゃうのは悔しくて」
「もう一生会えないわけじゃないだろ…」
「うん。でも、高校生のガキが遠距離恋愛できるわけないじゃないですか。ただでさえ、原田さんはモテるんだし、私は魅力ないし」
「そんなことないって。の笑った顔見ると、いつも元気になれたし」



泣いて目が赤く腫れた顔をくしゃくしゃにして笑う
胸が締め付けられる。
こんなに俺のことを想って泣いてくれる子が、他にいるというのか?
いるわけないだろう。



「本当に、今までありがとうございました。今日でお別れです。
 今度は彼女のこと、いっぱい好きになってあげてください。私も次は…」



の言葉を遮るように、彼女の体を抱きしめた。
初めて触れた彼女の体は、小さくて細くて自分と同じ人間とは思えなかった。

俺は、のことを大事にできなかった。
たくさん想ってあげることができなかった。
最後くらい、少しは想ってるんだってこと、伝えたい。



「こちらこそ、今までありがとう。こんな俺と付き合ってくれて。こんな俺のことを想ってくれて」
「と、とんでもないです…」
「俺と別れたこと、後悔するくらいいい男になってやる。だから、俺が後悔するくらい、いい女になれよ」
「はい」



抱き合っていて相手の表情は見えないけれど、が向日葵が咲いたような笑顔になっていると感じた。









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不完全燃焼

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