[ 先 生 ! ]





「こらー、待てー、原田徹ー!!」

「うわー、フルネームで呼ぶなー!!」





見知らぬ女の先輩から追いかけられる俺。
一体何をやったというのだ。
けれど、本能が言っている。
あの女はキケンだ、と。
何かを言われたわけではないけれど、追いかけられたから逃げた。
意外と女の足は速いから気が抜けない。
校舎の中を駆け回る俺たちを、涼しげな顔で高柳が見ていた。
元凶はこいつだ。
俺は高柳に殴りかかろうとした。
けれど、あっさりとかわされ、逆に俺は転んでしまった。
顔を上げれば、さっきの女が俺の前に仁王立ち。
後ろには高柳の気配。
完敗だ。

高柳が連れてきたのはという、成績優秀な陸上部員。
足が速いのにも納得できる。
もうすぐ中間試験。
成績が危うい俺のために連れてきた、家庭教師。もちろんタダ働きをしてくれる人。
部室のテーブルの上に問題集を広げさせられ、俺はただ黙々と数学の問題を解く。
隣にはさん。
キケンな女だと思ったけれど、横顔はきれいで、もちろん前から見てもきれいな顔をしている。
教え方も丁寧でうまいし、教えることができるのは自分もそれなりの成績を取っているということ。

「こら、ちゃんと集中しなくちゃダメだよ」
俺のほうを見ず、英単語帳を見ながら言うさん。
見なくても感覚でわかるのだろうか。
不思議だ。

「はーい、よくできました。原田くんもやればできるじゃない」
笑顔で言って、さんは俺の頭をなでた。
まだ試験が終わったわけじゃない。
家庭教師をつけられた初日、試験後に提出すべき数学の宿題が終わった。
まだまだこれからだ。
それにしても、人の頭をなでるのはお子様のようにしか見ていないからだろうか。
少し、不満だった。

1週間、毎日部室で勉強した。
家庭教師のさんは、俺の隣で涼しい顔をして自分の試験勉強をしていた。
時には休憩してくだらない話をしたり、トランプで遊んだり。
休憩していたらいつの間にか暗くなって、大慌てで勉強を再開したり。
ただ真面目な陸上部員かと思ったけれど、さんはユニークな人だった。
見ていて飽きない。
惹かれているんだ。

試験が始まった。
誰もいない部室で勉強する俺。
試験前だけ期間限定の家庭教師だから、さんは俺の隣にいない。
上の空にはなれない。
さんの時間を奪ってまで勉強したのだから。
成果をあげなくちゃ意味がない。


試験が終わって1週間経った。
あれからさんには会っていない。
お互い部活があるから忙しいのだ。
部活が終わってから、高柳に試験の点数を全て報告する。
俺の成績の変わり様に、高柳は驚いていた。





「へぇ、やるなぁ徹も」

「まぁな。やらざるを得ないっつーか、家庭教師なんか連れてくるから」

「迷惑だったか?」

「そんなことねーよ。成績上がったし・・・」

「し?続きは?」





成績上がったし、いい家庭教師に出会えたし、彼女の役目は終わり・・・か。
同じ学校に通うのだからまた会えるだろう。
「続きはねーよ」とはぐらかして俺は部室を出た。
夕暮れの学校は薄気味悪い。
校門まで駆けた。なんだか走りたい気分だった。
風を切って走った。
校門を過ぎてスピードを落とした。
やっと、校門に立っている影に気づいた。
「やっほー!」
のん気な声の主はさん。

試験のことを報告すれば、自分のことのように喜んでくれた。
多分、自分が教えた成果があったことを喜んでいるのだろう。
俺なんて、ただの後輩だから。





「私の教え方うんぬんより、原田くんの前向きな姿勢があったからこその成果なんじゃない?
 私は手助けしただけだよ。それに、原田くんとお話できて楽しかったしー」

「俺と話せて?」

「うん。学ちゃん通じて話は聞いてたし、周りのみんなの噂を聞いたりして、面白い子だなって思ってたの」

「学ちゃん?・・・あれ、もしかして高柳と付き合ってるから俺の面倒見てたんじゃ・・・」

「んなっ、学ちゃんは幼馴染。国府津の茜くんと菫ちゃんも幼馴染よ。知ってるでしょ、あの子たち」





立花のバカとも知り合いだとは。
俺のことを面白い子だと言うなら、少しは興味を持っているのだろう。
ならば、少しくらいは可能性もあるはずだ。
試験も終わったし、今なら言える。

「好きです」と。

あの1週間、自分のために頑張ったつもりだった。
けれど、気づいたらあの空間がほしくて頑張っていた。
頑張れば、さんがほめてくれる。
笑顔を俺にくれる。
最終的には自分のためだろう。
自分の成績のために、ではないけれど。

「えっ?」
驚いた表情で俺を見るさん。
「好きです」と言ってしまえば気は楽になる。
困っているさんと対照的に、俺は余裕の表情を見せていた。自分でも、笑ってしまうくらいに。





「あ、ありがとう。好きになってくれて嬉しいよ。でも・・・」

「『私でいいの?』」

「先読みー?やっぱり原田くんって、頭の回転早いよね。教えてるときも飲み込み早かったし」

「正解ですか?ま、バスケットは頭の回転早くないとやってられませんからね」

「それもそうか」





納得したさんは、「私も好きだよ、原田くんのこと」と言うのだ。
しかも、さらりと。空が青いね、とでも言うかのように。
開いた口が塞がらない。
望んでいた答えをもらったのに、衝撃を受けるのはなぜだろう。
「早く帰ろーよ」と俺を呼ぶさんは、俺の遥か前方を歩いている。
全く敵わない。
頭の回転は俺のほうが早いかもしれないけれど、行動の自然さは何倍もさんのほうが上だ。
追いかけた。走ったら追いついた。
隣にいるさんは、いつも以上に笑顔だった。









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絶対頭の回転は早いと思うんだよねー、徹くんは。
頭の回転と、行動の自然さは、違う。
天然かそうでないかの違い。

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