# 音 #





音が聞こえた。
微かだけれど。
本当に小さな音だけれど、俺にはしっかり聞こえた。
それは風の音だと、自然が出す音だと知ったのは、のおかげなんだ。

とある日の放課後、夕暮れ時、部活は終わり、俺は部室で着替えて荷物を整理していた。
ところが、探しても宿題のプリントが見当たらない。
教科書の間、ノートの間、ペラペラめくるがプリントは挟まっていない。
かばんの中にないとなれば、あとは教室に忘れた以外ありえない。
俺は部室から飛び出して、校舎に駆け込み、階段を駆け上がり、教室に飛び込んだ。
親は仕事で家に居ない。
うっかりしていて、今夜の番組のビデオ録画を設定し忘れたから、急いで帰らなければ見ることが出来ない。
俺は、自分のうっかりさにうなだれながら、自分の机に向かおうとして固まってしまった。
俺の席は窓際の後よりの席で、窓に沿って備え付けられた棚のようなものの上にが腰掛けていた。
もちろん、丁度俺の席の横にある部分に腰掛けていて、俺の足音に気づき、外にやっていた目をこちらに向ける。
俺と目を合わせると、笑顔で小さく手を振った。





「あ、徹じゃん。どしたの?忘れ物でもした?」

こそ何やってんの?今日バレー部休みだろ?」

「んー、ちょっと気分が滅入ってたから景色でも眺めて気分転換しようかなって」





首をかしげながら笑顔で話す
時計を見れば夕方6時。
ところで、部活が休みなら授業が終わればすぐに帰るはずだから、その時刻は3時半。
は2時間半もこの教室でぼーっと窓辺で外を眺めていたのだろうか。
呆れてものも言えない。マイペースすぎる。そして、気づいてるのに自分からは何も言わない。
俺がのことを好きだということに、気づいているはずなのに。

幼馴染だから、余計言えないのかもしれない。
ずっと一緒にいたから、言えないんだ。
言ってしまって、ガラガラと音を立てて関係が崩れるのが怖いから。
考えても始まらないので、俺は宿題のプリントを机の中から探し出してしまう。
そして、教室から立ち去ろうとしたけれど、に手首を捕まれて動けなかった。
女の力なんて簡単に振り払えるけれど、振り払う理由も見つからないのでに引き止められたままでいた。





「何だよ?」

「えー、もう帰るの?音が聞こえるんだよ。徹も一緒に聞こうよ」

「何の?」

「風の」





頭をカナヅチで叩かれて白い世界が目の前に広がって気を失うような、そういう感覚を味わった。
風の音を2時間30分も聞いていたのだろうか、は。
アホだ、と始めは思ったけれど、それは間違いだと気づいた。
気分が滅入ったら、景色を見るか、耳から音楽を流すくらいしかできない。無気力になるんだ。
俺が突然「ごめん」と謝ったものだから、は目を大きく開いて驚いていた。





「私、謝られるようなこと遭ってないよ。・・・あ、アホだと思ったんだね」

「ご名答。アホだと思ったけど間違いだって気づいた。俺も、たまには滅入るからなぁ」





軽く笑って俺はの隣に腰掛けた。
窓の外で夕日が海に飛び込もうとしている。
目を閉じて、耳を澄ませば音が聞こえる。
サワサワと木の葉がこすれあう音も、に言わせれば風の音だそうだ。
風が生み出す音だから。
カラカラと空き缶がころがる音がして、俺とは声を出して笑った。
ロマンチックというか、しんみりした空気に浸っていたのに、空き缶がカラカラ音を立ててそれを乱した。
それすら風の音だとは言う。確かに、風が吹いて転がったのだから。

俺は、テレビ番組のことはしばらく忘れようと思った。
そんなものより価値のあることはたくさんある。
それに、誰かがビデオに撮っているだろうという確信があった。
バスケの番組だから、部員の誰かが、おそらく高柳あたりが録っているだろう。

すぐ隣にある身体を後ろからぎゅっと抱きしめた。
は意外とあっさりしていて、いつもの調子で質問してくる。





「何してるの?」

「抱きついてみた、だけ」

「それは、私が好きだから?女だから?」

「好きじゃなかったら抱きつかねぇよ。こそ、なんで振り払わねぇんだ?」

「嫌いだったら振り払うわよ」





そう言って、は俺がまわした腕をぎゅっと掴む。
の肩にあごを載せると、は顔を寄せてきた。
そういえばここは教室だったなと思ったけれど、誰かが来る気配はしないし扉はしめてあるので、なすがまま。
ムードに浸っていたら、突然嵐でも来たかのような発言。





「私ね、来週、岡山に引っ越すの」

「んなっ、えっ、引っ越すー?」





少し困った顔で笑顔を作る
俺は、抱きしめていた身体を離して、の身体をこちらに向けさせ、思考を巡らせる。
「だから、徹と一緒にいられるのも、あと少しだけ、なんだけどね」
なんて、別れを告げられたらたまったもんじゃない。
折角、想いを伝えて、しかも通じ合ったというのに、別れがすぐ側まで迫っていたなんて。





「悲しい顔すんなよ。・・・笑えよ。もっと、笑った顔見せてくれよ」

がむしゃらに口づけた。
腫れ物に触れるみたいに優しくなんてできっこない。
の瞳から涙が流れていることに気づいたのはかなりの時間が経ってからだ。
手での涙をぬぐう。
おでことおでこをくっつけて、目を合わせようとした。
初めは目を伏せがちにしていただけれど、俺が名前を何度も呼ぶと次第に俺を見てくれるようになる。
泣いたって、悲しんだって、叫んだって、時がくればどうせ離れ離れ。
ならば、今、一緒にいられる時間を大切にした方がよいに決まっている。





「来週までずっと一緒にいられるんだから泣くなって。どこにいたって楽しいことなんて腐る程あるんだから、笑えるって」

「うん」





はっと気づけば時間がかなり過ぎている。
急いで帰ったところで、番組を初めから全部見ることは出来ない時刻になっていた。
がっくり肩を落としたけれど、早く見たいということもあり、俺は帰る仕度をする。
も一緒に帰らないかと誘ったら、すんなり「いいよ」と返事した。
どうやら、帰るきっかけを探していたようだ。
俺が声を掛けなかったら、夕日が沈んだら帰ろうと思っていたらしい。
と肩を並べて帰るのが、なんだか不思議な感じがしたし、嬉しかった。





あれから3年経った。俺が大学に通うのも2年目が終わり、4月からは3年目に突入。
その間、と連絡をとっていたわけではない。
だから、遠距離恋愛をしていたとは思っていない。
以外の女の子と2回は付き合った。過去形の話であって、今、特定の彼女はいない。
窓辺で風の音を聞く。
今ではしっかり俺の身体になじんでしまった行為。
風の音と共に、の声も聞こえてくる。
もちろん幻聴でしかないけれど。





「徹」

「とーおーるー、聞こえてんなら返事しろっ、バカっ」

「バカとはなんだっ!」





幻聴に思わず返事をしてしまって、口を慌てて押さえた。
窓から顔を出して階下の道路を見ると、見たことがあるようなないような顔を見つけた。
髪の色も長さも違って、着ているものも見慣れた剣崎の制服でなくて、けれど、笑った顔は覚えていた。
がいる。こんなにも近くに。
俺は大慌てで部屋から飛び出し、マンションの階段を駆け下りての前に飛び出した。
通りかかったおばさんが、マンションから飛び出してきた俺を見て、驚いて苦笑しながら自転車をこいでいた。
俺が笑うとも笑った。マンションの外壁に2人でもたれて話をする。
は、東京の大学に行きたかったらしいが、学力の関係で不合格になり、地元の大学で勉強していた。
そして、猛勉強した結果、当時志望していた大学に編入することが出来たのだ。
今日は、一人暮らしをする新居の下見に来たらしい。
親戚が俺の家の近所に越してきたので、そこに1週間泊まって手続きなどをするのだそうだ。





「久しぶりだから徹に会おうって思ったのと、お母さんからお土産に渡してって言われたのもあるし」

「あの頃はあんなに好きだったのに、3年経つと色あせてしまうな」

「私も、なんで徹が好きで好きでたまんなかったのか忘れちゃったけど、徹のことは覚えてた」





きっと、想いが消えたのではない。
どこかへ隠れていただけなんだ。身体は覚えている。この感覚を。






「俺さ、あれから2回くらいは付き合ったりしてたわけだけど、今は彼女いねーんだ。
 だから、あの時1週間しか付き合えなかったから、今、付き合いなおせねぇかなーって思うんだけど?」

「たしかに、あの時はろくなことできなかったもんね。半年前に別れたきりだから、私も彼氏いないし。
 付き合ってみて、ダメだって思ったら友達付き合いしたらいいし、やりなおそうよ」





こんなに簡単でいいのだろうか。
けれど、俺はが嫌いじゃない、それはわかっている。
だから、もし、昔のことを思い出して好きになれたらそれはそれでいいことだし、好きになれなかったとしても、それは間違いでもなんでもない。
俺はを部屋に招いた。
の個人写真は写っていないけれど、所々にが写っている卒業アルバムを見せる為に。
思い出が、俺達の想いに色を取り戻してくれますようにと、願いながら。









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高校のアルバムは卒業式も含んだから、夏休み前に郵送されたなぁ。
期末テスト放ってアルバム開いてひたってた(笑
なんか、意味のわからない話だね。
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