# 堕 ち て ゆ く #





わかってる、あんたに言われなくたってわかってる。
男に溺れて堕ちてゆくんだ。
本当に、どうして私は堕ちることまっしぐらなのだろう。
私は、どうしてこんなに徹が好きなんだろう。
とびきり優しいジェントルマンとはご縁が全くない人なのに。





「悪かったな、紳士じゃなくてよ」

「別に悪いとは言ってないじゃん、徹の勘違いだよ」





というか、思ったことが口に出ていて激しく焦った。
けれど、最初の方は徹に尋ねられなかったから口にはしていなかったみたいで安心した。
徹に溺れて堕ちてゆくなんて聞かれていたら、一生弱みを握られてしいたげられるに決まっている。
自嘲気味に笑うと、「気味わりーぜ、」と顔をひきつらせながら徹に言われた。
すぐに机の上に広げたバスケット雑誌に徹は目を移す。
綺麗な横顔に、夕日が窓越しに赤い光を焼き付ける。
私は校舎の3階の教室で、徹に見惚れていた。

何も話さないこの横顔が好きだ。
私のことを全く構ってくれないこの横顔が。
しばらく、私は徹の横顔を眺めていた。
机に頬杖をついて、夕日が照らし出す赤い部屋の中で徹の横顔を。
もちろん、そんな私に気がつかないわけがなく、徹は私の方を向いた。





「何見てんだよ?」

「とおる。・・・エヘッ」

「きもちわるい。語尾にハートマークつけたような声出すなよなー」





徹は雑誌をバタッと音を立てて閉じて、そのままかばんの中につっこむ。
立ち上がって私の腕をつかむと、ずんずん教室の外へ向かって進んでいった。
私の頭の中ははてなマークでいっぱいだ。
とびきりの笑顔で「エヘッ」って言ったつもりだったのだけれど、徹には気に入らなかったのだろうか?
廊下へ飛び出し、階段を駆け下り、1階の靴箱前までたどり着いた。
足を止めた徹は、とても冷たい目で私を見ていた。





「なぁ、どうかしたか?最近、ほんと気味わりーんだけど、
 俺に嫌がらせしてんの?嫌いなら嫌いって言ってくれたら別れるから・・・・・・」

「え?あ!・・・はぁーっ?何で?どうして?どうして別れなくちゃいけないの?
 こんなに好きなのに。溺れて堕ちちゃうくらい徹のこと好きなのに」

「はぁっ?」





徹はとてもきょとんとして驚き、情けない表情をしていた。
魂でも抜けたかのような徹を、私は唖然として見ていた。
何か、間違ったことでも言ったのだろうかと。
次第に、徹の表情が緩んでいく。
歪んだままの口元が少しだけ笑っていた。
呆れた笑いだった。

何も言わずに徹は靴箱からスニーカーを取り出す。
私もそれに従ってローファーを靴箱から取り出す。
トンと音がして、徹のスニーカーが地に落ちる。
それがスローモーションに見えた。
靴が落ちることと、私が徹に溺れて堕ちることがリンクする。

スニーカーをはいた徹は、バシっと大きな音が出るくらいの勢いで私の頭をかばんで叩く。
ムッとして私も徹を叩き返そうと思ったけれど、かばんを振り上げると徹がお腹を抱えて大笑いしていた。
私はどうしたらよいかわからなくて挙動不審に陥る。





「ったくバカみてぇ」

「え、え。私が?私がバカみたいなの?」

「ちげーよ、俺がバカなんだよ。
 てっきり、は俺と別れたいからそんな気味わりー行動とってんだとずっと思ってたんだ。
 だから、付き合ってるのに俺だけのことが好きで好きで空回りしてるから嫌だなってな」

「じゃ、じゃぁ最近けっこう徹が無口だったのはそのせい?私のこと確かめようって思ってたの?
 なーんだっ。でも、私のあの行動は素なんですけど、徹サン?」

「え、マジで?素かよ・・・嫌だな」





おもいきり眉間に皺を寄せてみる。
私の変顔に徹は吹き出す。
徹の手をとり学校を出る。
横を見れば徹の前を見る横顔。視線が真っ直ぐ前に注がれていて毅然としている。
この横顔を見るのが好きなんだ。
しかも、今まで見ていたあの横顔は、私のこと真剣に考えてくれていたんだ。
尚更、ますます、今まで以上に、徹のことが好きになる。
そして、どんどん深みにはまって抜け出せなくなる。
堕ちてゆくんだ。

多分、堕ちていくのは徹も一緒。
ひとりだけじゃないから大丈夫。
きっと。

ね?

一瞬、徹の視線が地面に向いたけれど、すぐに上に動いて元に戻る。
ほんの少しだけ、さっきより上を向いているような気がするのは、私だけ?
私の心の問いかけに返事をしてくれたようで嬉しかった。









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変な話でスミマセン。
「酒とたばこと男はやめられない」というのは先輩の名言(迷言?)で。
堕ちてゆくほど、狂いそうなほど誰かを好きになりたい気もするけど、
私の場合、精神崩壊を招きそうなのでやめときます。
何事もほどほどに。
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