[ Butterfly bush ]
剣崎の親戚の家に遊びに行くと、吹奏楽の部活中の従姉が大慌てで帰ってきた。
なんでも国体選抜合宿組と私が通う国府津高校のバスケットボール部が試合をするらしい。
従姉に連れられて剣崎学園の体育館へ向かう。従姉は部活に戻るために、体育館の前で別れた。
空気が冷たく、体に痺れを感じた。
菫と美加も見に来ている。
私が来たことに驚いていたけれど、近所に親戚が住んでいて遊びにきていたことを伝えると納得していた。
柊くんが国府津に戻らないかもしれない。
そんな話を耳にしたから、なんとしても見に行かねばと思った。
国府津高校バスケットボール部のファンの一人として、今の彼らの姿を目に焼き付けたかった。
それなのに、私の目は相手方の長髪の人にばかりいってしまう。
動きに無駄が無い。
汗をかいているはずなのに、暑苦しさを全く感じない。
「なーに、ったら。あいつが気になるのー?」
「えっ、あっ、あの……」
「学ちゃん?」
高柳学というらしい、彼の名は。
立花くんの幼馴染。
「すごく、かっこいい」
「惚れちゃったの?」
「うーん、そういうわけじゃないけど、プレイが、他の人と比べてスマートで」
「ってこういうのがタイプなんだ?」
「いや、だからそーいうんじゃなくて! 美加ったら、もう知らないっ」
そっぽを向くと、私のご機嫌取りのために美加がベタベタと腕にまとわりついてくる。
私があまり恋愛について語らないから、余程嬉しかったようだ。
菫と美加に連れられて、国府津高校のバスケの試合を見に行ったことはたくさんある。少しずつルールも覚えた。
声が枯れるまで応援したこともある。その日は立花くんに「声デカすぎ」と呆れられた。
今日は、声が出なかった。
私の瞳は彼にクギヅケ。
自分の高校を応援しに来たはずなのに。
一目惚れってこういうことなんだろうな。
部活を終えた従姉が私の隣にやってきた。
体育館をざっと眺めて呟いた感想は一言。
「高柳くんに惚れた?」
「な、なんで!?」
「だってちゃん、ずーっと高柳くんのこと目で追ってるよ。
私の彼氏がバスケ部なんだけど、高柳くんは合宿が終わったら剣崎に編入するんだって。国府津じゃちょっとした遠距離恋愛だねぇ」
「ちょっと、ちょっと、私、何にも言ってないよ!」
「後で彼氏に頼んで、話す時間もらってあげるよ。小畑監督と仲いいからさ」
時間をもらっても、何にも話すことないよ。
ただバスケをしている姿に一目惚れしただけ。
立花くんと柊くんがボールを追っている間に、試合終了の合図が鳴った。
自分の高校が勝ったというのに、喜びは少しも感情は湧かなかった。
勝敗よりも、彼のプレイがもう見られないということが残念だった。
従姉に連れられて、剣崎バスケ部の部室で従姉の彼氏に初めて会った。
その人が高柳さんを連れてきてくれた。
何を言えばいいのかわからなくて、試合で感じたことををそのまま伝えた。
「高柳さんのプレイが、とってもスマートで、かっこよかったです。それだけです。
こんなことのために、時間もらってすみません」
「……あ、ありがとう」
「すみません、それだけです。お疲れさまでした」
従姉の手を引いて、走った。
恥ずかしいったらありゃしない。
無我夢中で走ったのに、私たちの進路を阻むのは高柳さん。
「待てって」
「ご、ご、ごめんなさい。試合の後の時間、お邪魔しちゃって。許してください」
「そうじゃなくて」
「そうじゃ、なくて?」
高柳さんは、私たちを追いかけて走って来たから少し息があがっている。
もちろん私たちも。
息を整える間の後、高柳さんは照れくさそうに言った。
「そんな風に言われたのは初めてだった。だから、お礼がちゃんと言いたくてな。ありがとう」
「いえ、そんな」
「名前、聞いてもいいか?」
「でーす。国府津高校の1年でーす。彼氏募集中でーす」
従姉が私の代わりに余計な情報まで答えてしまった。
何が引っ掛かったのかわからないけれど、高柳さんは考え込んでいた。
「あの、私たちこれで帰ります。高柳さん、さようなら」
「あぁ、さようなら。国府津ならまたどこかで会いそうだな、さん」
ほんの少しだけ、見えるか見えないかくらい、高柳さんの口角が上がって微笑んだようが気がした。
Butterfly bush:ブッドレア 花言葉は【恋の予感】
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多分、書き始めたのが学ちゃんの前回の更新の直後。
すっかり忘れ去って、今年の夏に少し書いて、ようやく10月に完成。
実に1年9カ月分のスカスカな空間がつまった大作です。笑