[ special case ]





2月11日、建国記念日。
祝日だから、学校には行かない。
高柳くんには会えない。
だから、メールした。
『誕生日おめでとう』と。
あっさりと『ありがとう』の言葉が返ってきて、私は携帯電話を抱きしめる。

好きだから、たくさんお祝いしたいけど、彼は私のことをどう思っているのだろう。
もし、私でない人のことを彼が好きだとしたら、きっと私は邪魔者だ。
溜息をついて、私は消費期限が切れそうなベーキングパウダーを使ってチョコマフィンを作り始めた。

マフィンは友達との勉強会で配る用に作って友達の家で配ったけど、
風邪を引いて休んだ子の分が余ったから、1つ持って帰る。

少しずつ日が長くなっているけれど、まだ真冬だから寒いしすぐに暗くなる。
暗くなる前に帰ろうと、早足で町内を歩いていると、家族連れが正面から歩いてきた。
両親と、高校生くらいの背の高い男の子。
男の子に見覚えがないなんてありえない。
高柳くんだ。
意外にも、彼から声を掛けてくれた。


、出かけてたのか?」
「うん、勉強会してたの。英語、苦手で。高柳くんは、家族でお出かけ?」
「ああ、晩飯食いに行く。も、一緒に来るか?」


突然のお誘い、しかも高柳くんのご両親もいるのに、畏れ多い。
行ってみたい、でも怖い。
返事ができずにいると、高柳くんがほんの少し眉をハの字に寄せた。


「急だしな、また機会があったら、そのときは」
「せひ、ご一緒させてください!」


きっと、高柳くんの誕生日祝いの晩餐なんだ。
家族の団欒を私が邪魔しちゃ悪い。
ふと、持ち帰ってきたマフィンのことを思い出す。
食べて、くれるだろうか。


「あ、あの!」
「なんだ?」
「お菓子作ったんだけど、余っちゃって、よければもらってくれない?」


高柳くんは驚いている。当たり前だ。
いきなり女子が手作りお菓子を渡そうとしているのだから。
戸惑いながら、高柳くんは受け取ってくれた。


「ありがとう」
「どういたしまして。高柳くん、誕生日おめでとう!」
「ありがとう。にはメールでも祝ってもらったのにな」
「直接会って言うのと、メールは別物だよ」
「そっか、ありがとな」


高柳くんのお母さんが、話したまま動かない私達に痺れを切らせる。
高柳くんはそちらを向いて「すぐ行く」と叫び、私に向き直るとほんの少し微笑んでくれた。


「じゃあ、俺、行くな。また明日」
「また明日」
「気をつけて帰れよ、


背後で聞こえる、高柳くんと彼のお母さんの声。

 これ、かばんの中、入れといて。
 あら、手作りお菓子? 彼女なの? 母さんにも紹介してよ。
 そういうんじゃないって。
 じゃあなんなの? 片想い?
 いや、だからさ、のことはもういいから。
 さんって言うのね。下の名前は?
 ったく、もー。・・・・・・だよ。
 下の名前もしっかり知ってるじゃない。
 もう、父さんもなんとか言ってやってよ、母さんに。

なんだか楽しそうだ。
普段は硬派な高柳くんが、お母さんには振り回されているみたい。
遠ざかる声を惜しみながら、私は家へ向かう。
高柳くんの今日が、とてもよい一日になりますように。
そう祈りながら。


帰宅して、晩御飯を食べて、勉強の続きをしていると、
メールの受信を知らせるために携帯電話が机の上でガタガタ震えた。
送り主は高柳くん。

『もらったお菓子おいしかった。ありがとう。家族以外から手作りをもらうのは初めてかも。
 母さんに盗られそうになって死守した!』

お母さんに振り回されている高柳くんを想像すると、可笑しかった。
小さく笑いながら、私は返事をする。

『喜んでもらえて嬉しい! 今日はいい一日だった? 残り少ない今日の日も高柳くんにとっていい時間でありますように』

送信ボタンを押して、私は携帯電話を机の隅に置く。
なんだかほっとした。
お菓子が高柳くんの口にあわなかったらどうしようとか、迷惑がられたらどうしようとか思った。
ただの杞憂だった。

英語の単語帳をめくっていると、携帯電話が長い周期で振動を始めた。
着信の合図だ。
画面に表示された名前を見て、手が震える。
高柳くんが、どうして、私に電話を?
大きく深呼吸をして電話をとる。


「も、もしもし」
『あ、高柳です。、今、いいか?』
「うん。どうしたの?」
『ちゃんと、お菓子のお礼を言いたくて』
「さっきメールで言ってくれたじゃん」
『声に出して伝えるのと、メールは別物だ』
「なんか、それ、どこかで聞いたような・・・」
『夕方、会ったときに、が言ってた。直接会って言うのと、メールは別物だって』


そうだ、そんなこと言ったな。
わざわざそれを覚えていて、電話してきてくれたんだ。
本当に嬉しい。


「わざわざありがとう。嬉しいよ」
『俺も、に祝ってもらえて嬉しかった』
「お菓子は余り物なんだけどね。今度はちゃんと作るよ」
『俺のために、作ってくれるのか?』
「うん。高柳くんが、嫌じゃなければ」
『待ってるな』


高柳くんが、私の手作りお菓子を待っている。
大きく息を吸い込んだ。
呼吸を整えないと、声が発せない。


「わかった。一生懸命作るから、待っててね」
『ほんと、今日は、いい誕生日だった』
「よかったね」
のおかげだ。ありがとな。今度、の誕生日を祝いたいから、教えてもらってもいいか?』
「もちろん!」


高柳くんが、次の誕生日を祝ってくれるって。
嬉しさ余って、晩御飯が胃から逆流しそうだ。




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ハッピーバースデー 高柳くん 2015年

嬉しくて吐きそう、ってたまにないですか?
ないですよね、私だけですよね。。。

徹くんに引き続きお菓子を出しよって、ほんとレパートリーないのな。
書いてて胸キュンでした。若いっていいなぁ。

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