【紫陽花 (アジサイ)】





高柳先輩は、かっこいい。
でも、私はちょっと苦手。
そういう完璧でクールな人は、とっつきにくい。
私がどちらかと言えばクールに分類されるからかな。

アジサイの花が咲く、梅雨の季節。
私は霧雨の中、傘を差して歩いていた。
ただぼんやりと、歩いていた。
おかげで、足元に広がる水溜りに気づかず、革靴を水浸しにしてしまった。
紺のハイソックスもびしょぬれだ。
私は肩を竦めて、また歩き出した。

初夏とはいえ、びしょぬれになった足が辛い。
信号待ちで立ち止まり、濡れた右足をぶらぶらさせた。



、何やってんだ?」
「高柳先輩!うっかりして水溜りに足をつっこんでしまいました」
「ふーん、そう」



ほら、みろ。全然優しくない。私のような一般市民には興味がないから優しくしてくれないのだ。
彼女にはデレデレしているのだろうな。
がっかりだ。
公私共にかっこよく見せて、こんな私の気でも惹いてみせればよいのに。
ちらっと盗み見た高柳先輩の横顔は、端整で見惚れてしまう。
悔しいけれど、これが現実だ。
見た目の美しさは重要だ。

信号が青に変わり、私は一歩前に進む。
高柳先輩もまた、私と同様に前に進む。
どこまで一緒に歩くのだろう。
仲のよい友人であるまいし、駅まで一緒に行くなんてこともないだろう。
けれど、高柳先輩は私の隣から去ることもなく、常に同じペースで歩いている。
緊張する。
二枚目と一緒にいるのがいちばん息苦しい。
三枚目なら楽しませてくれるから、苦しくならないのに。



「あ」
「どうしました?」
「いや」



高柳先輩は言葉を濁して足元を見た。
浅い水溜りに、先輩の足が入っている。
スラックスの裾が少し濡れていた。



「先輩も間抜けですね」
ほどでもないけどな」
「ふふ、私とお揃いー」
「はは」



私とお揃いで足を濡らしていることが嫌そうだ。鼻で軽く笑った。
少しは後輩を気遣ってくれればよいのに。
ところが、私の考えは間違っていた。
先輩は肩を竦めた。



「お揃いか。困ったな」
「そうですよね、迷惑ですよね」
「こういうときは、どうしたらいいかわからなくなる」



先輩が見つめるものは、雨水を滴らしている靴。
雨水が重力に逆らえず、先輩の靴から離れてアスファルトに吸い寄せられる。
どうしてだろう。私は、苦手なはずの高柳先輩に惹かれている。
困った高柳先輩を見ていると、少し心地よかった。
先輩は、私の中の母性本能をくすぐったようだ。
愉快になってクスと小さく笑ったら、先輩は顔を赤く染めていた。




「先輩、赤いっす」
のせいだ」
「どうして?」
「どうしようもない」



先輩の言うことを理解できない。
私の頭脳では消化しきれないのだ。
かっこよくて、運動もできて、勉強もできて、頭の回転まで速い。
どうしてそんなに完璧なの?
それなのに、どうしてこんなに冷たいの?

先輩は、私の隣で溜息をつき、笑った。
笑顔ではなくて、嘲笑。
私を軽蔑するの?



「手本がほしいな」
「何のですか?」
「恋愛の」
「はぁ?」
「好きになっても、どうしたらいいのかわからない。何を伝えたいのかもわからない」



先輩は「ははっ」と軽く笑い、私を置いて颯爽と歩いていった。







アジサイ:あなたは美しいが冷淡だ

From 恋したくなるお題 (配布) 花言葉のお題1


**************************************************

煮え切らなかったな。。。
inserted by FC2 system