[ 甘 さ の 共 有 ]





もうすぐホワイトデーだというのに、かばんの中で眠っているチョコレート。
バレンタインデーの一週間前に買い、ずっとかばんの中に入れている。
渡すつもりだった。渡そうと思って買った。
お菓子を作るのは好きだけど、友達でもない人に渡すには勇気がいるから、友達と家族には配った。
「本命にはあげないの?」と何度も訊かれたけれど、「あげないよ」の一点張り。

あげたいよ。あげて喜んでほしいよ。
でも、振られる怖さを思えば、何もできないよ。

二月十五日に、私は買ったチョコレートを自分で食べようとした。
けれど、包み紙を開くことができなかった。
高柳先輩に渡したい気持ちは、ほんの少し残っている。
それは、ひな祭りが過ぎたという今日も変わらず。

校舎の端の出入り口で靴を履きかえ、ゆっくりと家に帰っているときだった。
ふと、かばんの中からチョコレートの箱を取り出した。
両手でそれをしっかり掴み、ただ見つめた。



「お腹空いちゃった。もう、食べてもいいかな」
「食べ頃なのか?」
「うええええっ、高柳先輩!!!」



高校を卒業した先輩に、こんな道端で会えるとは思わなかったから大声を出してしまった。
先輩が人差し指を口の前に立てて「シッ」と言ったから、私は両手で口を覆ってチョコレートの箱を地面に落とす。
割れちゃった、かな。
私は箱を拾ってかばんにしまった。
先輩は私服姿だった。年が明ける前に推薦入試で大学に合格しているのに、今更何の用があって高校に来たのだろうか。



「何しに来たんですか?」
「卒業したけど、来月になるまでここの生徒だからな。かわいい後輩の顔を見に来ただけだよ」
「えっ?」



”かわいい後輩イコール私”という式が脳内に成立してしまい赤面するが、バスケット部の後輩のことだとすぐに理解して肩を落とした。
バスケット部のマネージャーと仲がいいというだけで覚えてもらった顔だもの。
私の名前なんて覚えてはいないだろう。
私のことなんて、不特定多数の内にカウントするのだろう。
先輩は私の気も知らずに、話し続ける。



「今日しか日がなかったから、早いけどホワイトデーのプレゼントを持ってきたんだ」
「彼女さん、にですか?」
「違う違う。マネージャーに。彼女とか、いないし。バスケット一筋だったからな、ま、これからも、だけど」



彼女がいるのかと思ってどきっとしたけれど、いないと聞いて安心したのも束の間、あまり恋愛する気がないようなので肩を落とす。
私も誰かに恋をしないで、何かに打ち込んだほうがいいのかな。
そうすれば、振った、振られたで悩まなくていいのかな。
でも、好きな人に振り向いてほしい。二人で何かを共有したい。

かばんの中のこのチョコレートを共有できれば、何か変わるだろうか。
そう思い、私は再度かばんの中からチョコレートの箱を取りだした。



「誰かにもらったのか?」
「いいえ。あげようと思ったんですけど、あげそびれてずっと持ってたんです。ホワイトデーも近いし、もう食べちゃいます」



潔く、包み紙を破いた。
白い箱のを開けると、小粒のチョコレートが六つ並んでいる。
その内の三つを口の中にぽんぽん放り込んで、残り三つが並んだ箱を先輩の目の前に差し出した。
チョコレートを三つも口に含めば、話すことができない。
先輩は私が言いたいことを察してくれて、チョコレートを一粒とって口の中に放り込んだ。
なんとか、先輩にチョコレートを食べてもらうことができた。
それだけで、満足した。



「ありがとう。でも、俺が食べてよかったのか?が、誰かに食べてほしくて用意したんだろ?」
「先輩に食べてもらえて、チョコも喜んでいますよ。いいんです、これで」
「これで、って。の想いをちゃんと受け取ってもらったほうがいいだろ。俺じゃなくて、ちゃんと伝えたい人に」
「これでいいんです!」



押し切った。
きちんと渡すことはできなかったけれど、渡したかった人に渡すことができた。
頑張って選んでよかった。
今日まで食べなくてよかった。
最後に、先輩と会えてよかった。

「さよなら」と伝えて、チョコレートが二つ残った箱を先輩に押し付けて逃げた。
半分泣いているから、こんなくしゃくしゃな顔を見られたくなかった。
どうしてこんなに辛いのだろう。
どうして恋は辛くて苦しいのだろう。

走って逃げたけれど、後ろから同じように走る足音が聞こえた。
足音はどんどん大きくなる。
「待って」と言われて待つ奴がいるもんか。
でも、腕を掴まれて止まらない奴がいるか。
止まらないわけがないじゃない。



!どうして逃げるんだ」
「別に、逃げたわけじゃないですよ。家に帰ってるだけです」
「そうじゃなくて!バレンタインデーに、大事な誰かに想いを伝えたようとしたのなら、それから逃げるなって」
「っ、その勇気がなくてずっと渡せなかったんです!でも今日食べてもらえたからもういいんです」
「え?」
「えっと、ごめんなさい」



また、走って逃げた。
言ってしまった。ストレートにではないけれど、高柳先輩にチョコレートを渡したかったことを伝えてしまった。
恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
また同じように、後ろから足音が聞こえてくる。
逃げられない。言い訳なんてできない。でも、ストレートに『好きです』と伝える勇気なんてこれっぽっちもないよ。
今度も腕を掴まれたから振り払おうとしたけれど、腕だけではなくて全身を拘束されて身動きできなくなる。
頭の中が真っ白になって、自分の体のすべての機能が停止したようになる。
抱きしめられている?高柳先輩に?

「あ、わ、悪い。勢いで、つい」と先輩は謝りながら私を解放してくれた。
私の左腕を先輩の右の掌がなぞり、指先を掴んで止まった。
先輩の手は温かい。



「冷たいな、指先」
「冷え性なんで…」
「今日学校に来たのは部活に顔出すのが目的だったけど…に会えればな、と思った」
「ど、どうして私に」
「いや、その…好き、だから」
「!」
「だから、チョコをもらえたのはすごく嬉しかったし、本当に渡そうとしていた相手がうらやましいなと思った」
「……あ、あのっ」
「俺は、のことが好きだ。俺と付き合って」
「もちろんですっ!」



爽やかに笑った先輩は、自分のかばんにしまっていたチョコレートの箱を取り出し、チョコレートを一粒つまんで私の口の前に差し出す。
これって、もしかして?
私が口を開けると、先輩はチョコレートを放り込んでくれる。
私は笑顔で最後のチョコレートをつまんで、先輩の口の前に差し出した。

こんなに甘くておいしいチョコレート、初めて食べたよ。









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どうだ!笑
学ちゃんにあーんしてもらうとか、萌えですかね?
いいなぁ、学ちゃんには年下が似合うわ!

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