好きな人のことを想いながらお菓子を作る私は、とても幸せ者だと思う。





      [ お 菓 子 作 り が 趣 味 の 奥 様 ]





誰かの「おいしい」という言葉を聞くのが幸せ。
食べたら幸せになれる、笑顔になれる。
だから、お菓子を作るのはやめられないんだ。
明日のバレンタインデーに向けて、気合を入れてお菓子を作る。
作って誰かに贈って喜んでもらうだけじゃない。

私が食べたいから作るんだ!

自分が食べることを想像しながらシュークリームを作る。
クリームが甘くなりすぎないように、砂糖はレシピより少なめに。
食べることを想像してニヤニヤしていると、傍にいた学が顔をしかめる。





、顔がにやけてる」

「だって、早くシュークリーム食べたくて!」

「そうだな、愛情こめて誰かに贈るうんぬんじゃなくて、が食べたいがための手作りお菓子だからな」

「さすが、旦那様。わかっていらっしゃる」





学はベタベタに甘い食べ物が好きじゃないから、甘さ控えめのお菓子を作るようにしている。
カスタードクリームの入ったボールに指をつっこんでそれをなめる学。
「んー、悪くないな」とつぶやいて、また指をつっこむのだ。
「やめてよ!」と言えば、カスタードクリームのついた指を私のほうへ向ける。
顔面に近づいてくるそれを避けようとすれば、腕を掴まれて動けなくなる。
そして、学の指は私の口の中に吸い込まれる。
たしかに、クリームは甘すぎず、口当たりもよい。

それにしても・・・こういう行為を素面でやるものだから、困ってしまう。
私の家族は周りにいないけれど、人様の家でするようなことだろうか。
呆れていると、学は不貞腐れて新聞を読み始めた。
私がお菓子を作っているから手持ち無沙汰なのだ。
お菓子を作ると予告していたのにも関わらず、学は私の家にやってきたのだから、自業自得でもあるけれど。

ため息をつけば、学は顔をしかめる。
誰のせいだ、誰の!
そんなことを思いながら、私は焼きあがったシューにクリームをはさむ。
カスタードのシュークリームと、チョコクリームのシュークリーム。
バレンタインデーにチョコを贈るなんて誰が決めた、誰が!
好きなものを作ったり買ったりして、贈ればいいのだ。
だから私はお菓子を作る。
学も幸せになれるだろうし、何より私が幸せになれる。
自分で作れる喜びと、既製品より安くなるからお財布的な嬉しさ。

平皿に並べてラップをかけ、冷蔵庫へ投入。
私は満足してニコニコしていたけれど、後片付けが待っている。
使った鍋や道具を洗おうとしてキッチンに向かえば、学がシンクの前に割り込んできた。
何をするのかと思ったら、私が抱えていたボールやスパチュラを受け取って、洗い出すのだ。





「え、なんで、私が洗うよ!」

「いい、俺がやる」

「使ったの私だよ?」

「いい、は休憩してろよ」





不思議なこともあるものだなぁ。
学が他人の仕事をするなんて。
私はエプロンをはずして椅子の背もたれに掛け、学がシンクの前に立つ姿を眺めた。
今日は俺が洗うよ、なんて言って夫が食事の後片付けをしている姿を眺める妻みたい。
想像して噴き出した。
学は顔をしかめてこちらを見ている。
今日は何度顔をしかめた?
顔をしかめすぎだ、学は!

ふと思い出して学の隣に立つ。
バターを入れた食器をそのまま洗われたら困るので、慌ててシンクから引き上げてキッチンペーパーできれいに拭き取る。
「はい」と笑顔で学に渡せば、頷いて受け取ってくれた。
なんだか新婚夫婦みたい。
また、想像して噴き出しそうになった。









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せっかく彼氏がいるなら愛情こめて手作りお菓子作らなきゃね!
で、その現場に彼氏が居合わせているというお話。
学ちゃんは奥様にベタ惚れなんだろうなぁ。 inserted by FC2 system