[ ス ノ ー マ ン ]





眠りたいのに眠れない。
身体は疲れているのに眠れない。
目は閉じているのに、暗闇の世界は真っ白に輝きだした。
頭が冴えている。
研ぎ澄まされた感覚が、何かを感じている、求めている。

少しだけ眠って朝を迎えた。
眠ってもとれない疲れを抱えて今日も一日を始める。
冷え切った心は、膜の張ったホットミルクでも温まらない。
家の中にいるのに、吐く息が白い。
家の外に出れば、白い雪がゆらりゆらりと降っていた。
犬は喜んで庭を駆け回るのだろうか。
猫はコタツの中で丸くはならないよ。

朝練があるから雪でも学校へは行く。
体育館の入り口、隅に小さな雪玉が2個つまれていた。
まるで雪だるま。
顔も手もないただの白い雪玉だけれど、表情が生まれるのを待っているんだ。
「あのっ、ちょっと、ごめんなさい」と女の声が聞こえ、俺は邪魔だと気づいて一歩横に動いて「ごめん」と言いながら振り返った。
目が合うまでもなく、「うわー、畏まってソンしたよ。学だなんて・・・」とがっかりした声がの口から吐き出された。





「朝から何やってんだよ。雪だるまなんか作って」

「だって、雪降ったら雪だるま作りたくなるじゃん。だから、ちゃーんと手袋2つ持ってきたんだよ。
 この手袋は雪だるま作る用で、教室に置いてきたのはいつもしてる分ね」

「朝練始まる前なのに・・・、いつ来たんだ?」

「え?7時過ぎ。昨日早く寝たから、早く目が覚めちゃったの。・・・ほら、お顔ができたよ」





雪だるまの目はハの字型に黒い炭のようなものが置かれ、口も鼻も同じ黒いものがまっすぐに置かれている。
けれど炭ではなくて、触ってみるとゴムのようなものだった。
「何これ?」と尋ねれば、は「えっちゃんのアメリカ土産のお菓子。マズくて食べられないの」と言う。
が「マズい」なんて言葉を使うのだから余程おいしくないのだろう。
は透明のパッケージから黒いお菓子を取り出して、俺の口に無理矢理入れる。
なめただけじゃ味はしない。
歯で押しつぶしたらなんとも言えない味がして、舌がビリビリする。
顔をしかめたらはポケットからティッシュを取り出して俺に1枚手渡した。
「吐け」ということだろう。
とても、人間の食べ物とは思えない味。これは生物が食べる味ではない。





「本当に食べ物か、これ?」

「でしょ?アメリカのスーパーでちゃんとお菓子のところに売ってたんだって。
 信じられないよ。超ニガイ薬なんかよりヒドイ味だよね・・・・・・って学!!」

「怒らなくたっていいだろ。こんなマズいもの食わせた責任とれよな」





話の途中でキスをしたのは、耐え難い味を少しでも忘れるために。
それでも忘れられず、口に残る後味の悪さ。
何か飲むものが欲しくなった。
は雪だるまを携帯のカメラに収め終えていた。
の手を引いて自販機へ向かう。
雪だるまを作っていたの毛糸の手袋は、濡れて冷たい。
ホットコーヒーとホットミルクティーを買った。
ミルクティーの缶に手を当て暖を取る
コーヒーを飲んでやっとあの味から解放された。
あんなものを食べるのはゴメンだ。

ミルクティーの甘さによって、の顔は笑顔になる。
化学反応。
俺がほしかったものはこれだ。
の笑顔。の反応。と至近距離でいる時間。
眠れなかったのはこのせいだ。
淋しかったんだ、会いたかったんだ。

朝練に行くことなどすっかり忘れていた。
コーヒーを飲み終えたときに、ボールをつく音に気づいた。
「朝練、行かないの?」と今まで言えず黙っていたような声でが言う。
「もっと早く言えよ」と言い返すことも出来ず、ただ遠いところに目をやるので精一杯だった。
叱られるのは覚悟した。
ぐっと拳にチカラを入れる。
の頭をなでて、俺は黙って体育館へ向かった。
「いってらっしゃーい」と空気を切り裂いてどこまでも突き抜けるようなの声が聞こえた。





スノーマン、もう暗闇に雪は降らせなくていいんだよ。
おやすみ、スノーマン。
僕はもう眠るよ。
僕のほしいものは、もう手に入ったんだ。

スノーマン、もう僕をひとりにしてくれればいいんだよ。
おやすみ、スノーマン。
僕はもう眠るよ。
君は誰かの希望になってあげてよ。









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参考に・・・激マズの友達からのアメリカ土産リコリス。
漢方薬か何かの成分でできているそうです。
土産の話は実話です。口にして吐き出すところまで。


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