[ ト ラ ベ リ ン グ ! ]





セミの鳴き声で目が覚めた。
もう朝なんだ。
時計を見れば7時だった。
ベッドから飛び出して洗面所で顔を洗う。
父親はもう仕事に出た後だった。
母親が、ニュースを見ながら焼いたパンにバターをぬっている。
いい天気だ。
台風直撃と大騒ぎしていたのは昨日のことなのに。
家の外へ出ると、お日様が顔を出していた。
しばらくぼーっとしていると、目の前を人が通り過ぎていく。
土曜日の朝。
見慣れた制服姿の男の子だなと思えば、それは学だった。





「学っ!!」

?・・・おはよう。パジャマのままで外に出るなよ」

「あっ!!起きたばかりだからしょうがないじゃん。学は部活?」

「今日は試合。1試合目だからこの時間じゃないと間に合わないからな」





すれ違いばかりだ。
予定が合わないから、家が近所でもなかなか会えない。
会いたいと思っても、会えない。
だから、会いたくないときなんて、ない。
それは、私だけ?
学は、どう思っているのだろう。

何も言わずに手を振った。
学は、笑って「いってきます」と言った。
会いたいなんて思っている暇はない。
笑顔で「いってらっしゃい」と声を掛けた。
それだけでいいはずなのに。
互いの笑顔を見られればいいはずなのに、どんどん欲張りになっている。
欲のない人間になりたいよ。
学の姿が見えなくなるまで、私は手を振っていた。

ミルクをマグカップに注ぐ。
イチゴジャムをぬったトーストにかじりつけば、甘い香りに誘われて夢の世界へ旅立てそうだ。
電話台の横に置いた私の携帯電話が振動する。
目が覚める。
朝から誰が私にメールを送るのだろう。
不思議に思いながら、トーストを平らげた。
ミルクを飲み干して、携帯電話に手を伸ばした。
新着メールを確認する。
送り主は、学だった。





 >休みの日に朝からに会えるなんて偶然だな。
 >たまには2人でのんびりしたいのに夏休みは部活ばっか。
 >の笑顔だけじゃ満足できなくて
 >俺ってこんなに欲張りだっけ?





メールを見て笑ってしまった。
同じだ。私と学は同じ事を考えていた。
すれ違えば、相手も同じように淋しく感じるのは当然のことなんだ。
安心した。
歯を磨く私の顔が、妙ににやけていて、頬を何度も叩いても引き締まることはなかった。

休日だけれど制服のブレザーに手を掛ける。
ミニトートに財布とハンドタオル、リップクリームを入れたら旅の仕度は完了。
「学校、行ってくる」
母親に声を掛けて家を飛び出した。
目指すは学校。
今日の剣崎学園は、学の試合の会場。
剣崎学園の私は交通費がいらない。
定期券さえあればいい。

少しでも、学と一緒の空間にいたいから。
大声で、応援するよ。









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台風でライブが中止になったショックから生まれた話。
書きあがるのに半月以上かかりました(汗)
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