[ 成 長 期 ]
「はっぴーはっぴー、はぴはっぴー」
突然、歌いだす。
スキップして坂を下るは、まるで小さな子どものようだ。
のかばんをかかえてついていく俺は、まるで子どもをもてあましている父親のようだ。
振り回されていることを自覚した。
走ってに追いつこうとする。
追いついたものの、は転んで地面を這っていた。
「いったーい」
「そらみろ。坂でスキップなんかしたら転ぶだろ」
「スリルを求めて何が悪い?」
かわいげのない反応だ。
歌っていたのは別人か?
は笑って立ち上がり、ジーンズについた砂を払う。
そして、また歩き出す。
今度は、俺の手を握って。
くだらない話や、学校の話、部活の話、家での話。
坂を下って海沿いの道を歩く間、話は途切れることなく続いた。
こんな平和な時間がいつまでも続けばいいのに。
そう願うのも悪くはない。
ありきたりなことが続けば飽きるけれど、といる時間は飽きないから。
まだ春の海は冷たい。
打ち寄せる波には飛び込めない。
の指差す方向に見えるのは、春の昼間に花火をする集団。
俺たちはその集団を避けて砂浜に足を踏み入れる。
ざくざくと響く足音。
久しぶりに来た砂浜を、は楽しんでいるようだ。
笑顔が途切れない。
子どものような表情を見せていただけれど、ここでは違う。
大人の表情だ。見守るような、そんな表情。
「どうした?」
「ううん、なんでもない。海は偉大だ!って思っただけ」
「なんだよそれ」
「まだまだがんばらにゃーだめだねってこと」
「そうだな」
静かに頷く。
ただデートで散歩していただけなのに、は大きくなっていた。
ゴールなんてない。
スタートはいくらでもある。
だから、俺たちは走る。走り続ける。
「行こうよ」そう言っては俺の手を引いて、砂浜を去ろうとする。
一度だけ俺は振り返った。
今日の海を目に焼き付ける。
今度来たときには、違った海が見られるだろうか。
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国府津の海を想像しながら書きました。
それだけ?それだけです。