[ シ ョ ー ト ケ ー キ ]





「メリークリスマス!」

先輩が今日も俺の部屋にやってくる。
ビデオに録画しておいたインターハイの試合を見ていると、先輩が手に紙袋を提げてドアからひょっこり顔をだした。
空き部屋だったマンションの隣の部屋に先月引っ越してきたのは、剣崎学園女子バスケ部の元部長。
引退して、今は受験生のはずなのに、ちょくちょく俺の部屋にくるのだ。
どうやら、クリスマスイヴだからという理由でケーキを持ってきたらしい。
「ケーキ食べようよ、クリスマスなんだし」と笑顔で言い、ミニテーブルの上に紙袋をのせるのだ。

俺は中の箱を取り出して驚く。
買ってきたホールケーキじゃない。
これは誰かの手作りだ。
店のケーキは奇妙なほどクリームがきれいにぬられている。
このケーキはクリームのぬり方にムラがある。
予想通り、このケーキを作ったのは、

「あぁ、私が作ったの。スポンジも焼いたのよ」

真っ赤ないちごが白い生クリームをひきたてる。
先輩は持ってきたナイフでケーキを6等分する。
紙皿の上にケーキを1切れ載せ、俺の目の前に置く。
もう1切れ紙皿に載せると、フォークを取り出して俺に渡す。



「いっただきまーす」
「いただきます」



先輩は嬉しそうにケーキを食べ始めた。
俺もフォークで先を1口食べてみる。
やわらかいスポンジに絡みつく甘い生クリーム。
スポンジの間に敷き詰められたフルーツと生クリーム。
手作りのケーキは初めて食べた。
もちろん売っているケーキも手作りだ。
そういう意味ではなくて、素人が材料を買って自分で作った、そういう意味。
どうやって作ったかなんてわからないけれど、こんなものが作れるのはさすがだ。
「うまいです」そう言うと、「ホント?嬉しいなァ」と先輩は笑顔で言う。
とても満足そうにしていた。

好きな人が作った手作りケーキを食べられるなんて、俺は幸せ者だ。
ケーキを食べる手を止めて、先輩を見た。
笑顔でケーキを食べている。
自分で作って、それがおいしいからすごく満足しているようだ。
俺の手が止まっていることに気づいて、急に視線の先をケーキから俺に移す。
ぎょっとして、俺は慌ててケーキを食べる。



「どしたの?」
「いや、先輩を見てただけです」
「なんで?」
「いや、なんでもないです」



この人はいつもそうだ。追求しない。
俺が質問の答えを濁しても、追求しない。
それは、俺に興味がないから?
そうだとしたら、俺の行動はマイナスだ。
余計、興味の対象から離れていく。

どうしたものかと考える。
何か空気を変える方法はないかと考える。
いいセリフがないかと考える。
何も思いつかないのは、いつものことだ。
何も言えずに時間が過ぎる。
ビデオテープは再生されたまま、試合の模様を映し出していた。

救ってくれたのは、先輩の言葉。





「また来年のクリスマスイヴもさ、一緒にケーキ食べようね」





笑顔で言われて断るわけがない。
心臓をわしづかみにされたようで、動けなかった。




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ケーキをスポンジから焼いて作りました。
しかも母親いなくて頼れるのは自分だけ、というシチュエーションで。
手作りケーキはみんな喜んでくれますね。

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