[ n i c e  c a t c h ! ]





今日もひとり、学校の正門をくぐる。
まだ4時だから、冬だけれど外は明るい。
マフラーをしても、手袋をしても、寒いものは寒い。
肩を縮めても、自分の息を吹きかけても、温まらないものは温まらない。
なんとか温もりを保っている使い捨てカイロ。
手でもてあそぶ。
宙に浮かせては手に戻す。
それを繰り返していた。
つまらない。

高く、カイロを投げ上げた。
カイロは手に戻らなかった。
誰かが、私の後ろからカイロを捕まえたんだ。
振り返れば、学がいた。
私のカイロを奪って、温まっている。





「さすが、のカイロ。あったかいな」

「やだー、あたしのあたしの」

「寒いのはお互い様だろ?」

「意味わかんないよ。あたしのカイロですから、それ」

「やだね」





学は私のカイロをポケットにつっこみ、走って逃げていく。
私は「待てー」と大声をあげながら、学を追いかける。
かけっこをして、私が学に勝てるわけがない。
だから、追いつけやしない。
全力で走った。体育の100メートル走のように。
学の姿を見失うまで。

もう視界に誰もいない。
学は角を曲がってまだ走っているのだろうか。
追いつけない。追い越せない。
一緒に走ることすらできないなんて。
せめて、せめて私の視界の範囲にいてください。
まっすぐ歩いた。
曲がり角で曲がった。
また、まっすぐ歩こうとした。
目の前に学が立っていた。





「遅いぞ、

「学!」

「あったまったろ?」

「あ・・・うん。暑い」

「もう、これはいらないよな」





学は私のカイロを空高く投げ上げた。
重力がかかって、カイロは学の手に戻ってくる。
今度は私がカイロを捕まえる番だ。
手を伸ばしたけれど、ほんの少しの差で学のほうが早くカイロを捕まえた。
学はカイロで遊んでいる。
私はそれを隣で見ている。
なんて平和な、昼下がりだろう。

やっと、並んで歩けた。
そんな些細なことが幸せなんだと痛感する。
同じ目線で、同じ世界を見て、違う価値観を持つ。
隣で、学は何を思うのだろう。
私は、何を思う?
幸せだと思う。生まれてきて、生きて、幸せ感じてる。

何も話さずに、ただ真っ直ぐ歩いていた。
学が突然、空を見上げて立ち止まった。
私も立ち止まり、空を見上げる。
変わったところなんて、見つからない。





「どうしたの?」

「いや、空は広いなって」

「当たり前だよ、それ」

「当たり前だから、ちゃんと、見つめないといけないんだ」





「だから、のことも」と私のほうを向いて、真顔で言う学。
私はきょとんとしていた。
言葉のつながりを考えれば、私が当たり前のこと、となる。
その意味は?その真意は?





がいつも俺の傍にいるのが当たり前だと思い込まないようにな。
 捨てられたら敵わないから、大事にしなくちゃいけない」

「え?あたしが浮気したって?」

「誰がそんなこと言った?」

「だって、捨てられそうだから捨てられないようにしがみつけ、って言ってるもの」

「そうじゃない。が傍にいてくれて幸せだけど、その幸せは努力して維持するべきだってこと。
 当たり前だと思い込んでいたら、幸せはつかめない」





納得できる言葉だった。
好きだから、その思いを形にする。形にできなくても、なんとか伝えようとする。
それがなくなったら、幸せもなくなってしまう。
だから、空も当たり前のように存在しているけど、時には見上げて感謝しなくちゃいけない。
なくならないように、いつまでもこの幸せが続きますようにと祈る。

「でも、私は学といて幸せだよ」
学の手を握った。
走った熱であたたかくなっているその手は、がっしりしていて私を二度と離さないようだった。









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寒いとくっつきたくなるんだけど、
そんな話ばかりだとワンパターン。
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