[ 甘 い 優 し さ ]





なんだか泣けてきた。
たまりにたまった、いろんな想いがあふれていった。
ここには誰もいない。
ひとりきりで、泣いた。
おえつはもらさない。
ただ、雫が頬を流れるだけ。
止めようとしなかった、涙を流すことを。
いや、違うな。止めようとしたところで、私に止める術などない。
涙がかれるまで、涙を流すことに疲れるまで、ずっと泣き続けた。

涙が乾いて、頬がパリパリだ。
目は真っ赤にはれている。
誰もいない教室。
授業のときにしか使われない、さっぱりとした教室。
ホームルーム教室からは離れた通りにあるから隠れスポット。
誰も寄り付かない。

窓から見える景色は闇に包まれていて。
こんな遅い時間まで学校にいたのは初めての経験。
帰ろうかなと思い、私は立ち上がった。
すると、ドン、ドンと大きな音が聞こえる。
地面を媒介として振動までも伝えてくるような、低い音。
窓の向こうに、打ち上げ花火が見えた。
今日は、花火大会だったな。
特に、約束はしていない。
「気が向いたら行こう」と、学と話したことがあったけれど、約束するまでには至らなかった。


窓辺の席に立てひざついて、私は窓から身を乗り出して花火鑑賞。
ひとりぼっち、教室で、出店のフランクフルトもりんごあめもイカ焼きもないけれど。
泣いていた私に見えた、光の世界。
キラキラ、輝いていた。

ガタンと物音が背後からした。
私は身体を強張らせた。
そっと振り返ると、呆れた顔の学が立っていた。
入口の扉に寄りかかっていて、肩には学のかばんと私のかばんがかかっていた。





「ずっと待ってたんだけどな、戻ってこないし。・・・どっかで倒れてんじゃないかって心配したのに」

「ご、ごめんなさいっ。だって、学と一緒に帰るって約束してなかったから」

「花火大会、本当は行きたかったんだろ?」

「・・・・・・う、ん」





また呆れた顔をする学。
素直じゃないのはわかってる。
でも、素直になれない。
どんなに頑張っても、素直になれないんだ。
できるだけ、学と目をあわさないようにする。
遠くからでも、ぐちゃぐちゃになった顔を見られたくないから。

私の思いとは裏腹に、学は遠慮なしに近づいてくる。
手を伸ばせば触れられるぐらいの距離。
さらに近づいてくる。
側にあった机に抱えていたかばんを下ろして、学は私へと手を伸ばす。
伸ばした腕はぐるっと私の背中に回されて、ぎゅっと抱きしめられた。
学の腕の中はとてもあたたかくて、また涙があふれてきた。
優しくされると、涙がでてしまう。
身体が震えて、学には泣いていることが伝わるだろう。
あれだけ泣いたのに、まだ涙は枯れていなかった。
頭を優しく撫でられる。
優しい声が耳にしっかり聞こえた。





「泣くほど辛いんだろ。どうして言わないんだ?」

「・・・・・・」

「あぁ、言わないんじゃなくて言えないのか。ごめんな、気づいてやれなくて」





私は首を振った。
悪いのは学じゃない。言わないでいた私だから。
「もっとと一緒にいてやれたらよかったのにな」とか、
「自分のことばかり考えて、の気持ちを考えてやれなくてごめんな」とか、
ちっとも学は悪くないのに、謝ってくれた。
花火の音は、私の耳に届いていた。

誰かと一緒にいれば、安心できる。
ただ、それだけで、大丈夫だと思える。
生きてていいんだとか、頑張ろうとか、プラスに心が働くんだ。

学と手を繋いで、花火大会のある海岸へ向かう。
花火があがる真っ最中。屋台に人気はあまりない。
学に連れられて、甘いにおいに顔を上げれば、そこはベビーカステラ屋さん。
私の手にはベビーカステラの袋。
「泣きつかれて、腹減っただろ?」
そう言った学は笑っていた。
私はこくりと頷いて、ひとつつまんで食べてみる。
甘い味のカステラが幸せを運んでくれた。

よく考えれば、誰かに優しくされてばかりで、私は何にもしていない。
前に進もうともしない。顔をあげようともしない。
ダメな奴だ。
もっと周りを見なくちゃ。
このままじゃ、誰も私のことを見なくなる。
私のことを考えなくなる。
私の存在が消えてしまう。
まずは、誰かに優しさのおかえしを。





「いつも、ありがとう」

「は?」

「学が、そこにいるだけで、私は元気になれるし、頑張ろうって思えるんだよ」

「そうか?」

「うん!」





うまく、笑えた気がした。
学の笑顔が見えた。
辛いことがあっても、笑顔で頑張ろう。
学に迷惑はかけたくない。
今度は、私が甘い優しさを、学にあげる番だよね。









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高校時代、夜まで生徒会室で居残りしたたら花火が見えました。
それを思い出したらこんな話になりました。 inserted by FC2 system