[ あ た た か い 存 在 ]





いつもと同じように、放課後の校舎をうろついていた。
運悪く、大荷物を抱えた担任の先生に見つかってしまい、私は雑用を頼まれた。
断れるはずがない。私にとって、担任の先生は大魔王に等しいから。
怒ると恐いというわけではなくて、存在自体が大きくて怖いのだ。

放課後の学校を散歩するのはやめようかなと思った。
けれど、今日は散歩していて先生につかまってよかった。
学に会えたから。
同じ学校に通っているのに、同じ団地に住んでいるのに、付き合っているのに、ほとんど会えない。
だから、嬉しかった。

先生からの雑用をやり遂げ、私はのんびり廊下を歩いていた。
パタパタと誰かが走る足音が聞こえ、さらに私を呼ぶ声がした。
さーん!」と大声。声の主は原田くん。
「高柳の奴、途中で消えやがった。見つけたらすぐ報告なっ」と私に命令してまた走っていく。
私は学の元へ行く。多分、学はあそこにいる。
学校の外の潮風を浴びる場所。道路の向こうの防波堤。
案の定、学は防波堤に腰掛け、海を見ていた。沈みゆくオレンジ色の太陽を見ていた。
私が近寄ると、気配を感じて学が振り返って私を見つめた。





「あぁ、か」

「あぁ、じゃないよ。原田くんが探してたよ、学のこと」

「あぁ、部活抜けたからな」

「あぁ、じゃないよ、もー。みんなに迷惑かけてるのは学なんだよ」





「わかってる」と言って、学は私から目を逸らした。目をやる先は、オレンジ色の空と海。
私はため息をついて学の隣に腰掛けた。手を伸ばして、学の手をぎゅっとつかむ。
何か悩みがあって部活を抜け出したんだ。
でも、答えが出ないからずっとここにいる。
私には何にも話してくれないから、きっと私は何の役にも立てないんだ。
ただ傍にいることしかできない。それならせめて、私というあたたかい存在がいることを学に認めさせたい。
だから手をつないだ。
学は、私の手をぎゅっと強く握り返してくれた。
きっと頭の中で答えを探している。
私は黙って学の隣にいた。

どれくらい、ふたりでいたのだろう。
いつの間にか、オレンジ色だった空に紺色のじゅうたんが敷かれ、星がキラキラと輝いていた。
月が、私と学を照らしている。
街灯が、ちらつきながらも道路を照らしている。
ここは人通りの少ない所。誰も通りはしない。

「ありがとう」と横から声がした。
私が学を見ると、少し笑っていた。
きょとんとしている私を放って、学は学校へ戻っていく。
私は「待って」と大声で学に声を掛け、走った。
学は私に追いつかれまいとして、走り出す。
ふくれっつらのまま、私は走る。走って学を追いかける。
学が鼻で私のことを笑った。
少しは元気が出たんだな、そう思えばこんな仕打ちもかわいいものだ。

でも、許せないと思うのは、ただのわがままなのだろうか。
私はむきになって学を追いかけた。
どうせ追いつきやしない。
私は息が切れてきたので、走るのをやめた。
学の姿がどんどん小さくなる。
やがて、学の姿は見えなくなった。

私は自動販売機でジュースを買った。
紙パックにストローをさす。
白いストローを、オレンジ色のジュースが通り抜けた。
空いた手をぶらぶらさせて、私は体育館へ向かった。
そっと扉を開くと、ちょうど学がシュートを決めているところだった。
学の手から放たれたボールは、リングにぶつかることなく、すっとリングを通り抜けた。
表情がいきいきしていた。学が元気になって本当によかった。
私は、体育館の隅にしゃがんでジュースを飲みながらバスケ部の練習を見ていた。
私には混ざることのできない、学の大切な空間。
それを見ていたいと、見守ることで共有できるのではないかと思った。

私は元気な学の姿を見られて満足した。
そのまま家へ帰ろうと思い体育館から出ようとしたけれど、腕を後ろのグイっと引かれ阻止される。
振り向けば学がいた。
「もう終わるから、もう少し待てないか?」と。
待てないわけがない。待つに決まっている。
私は無言で頷いて、再び体育館の隅に座っていた。

手をつないで歩く。
本当に珍しいこと。
真っ暗な世界で、私と学は手をつないで帰り道を行く。
手をつなぐだけでほっとできる。
あんしん、あたたかさ、やさしさ、ぎゅっとつまってる。





「ずっと行き詰ってたんだ」

「え?」

「何をしてもうまくいかなくて、仲間に迷惑ばかりかけてた。
 けれど、考えても始まらない、がむしゃらに動いてみてダメなら諦めなっての声が聞こえたんだ」





「つないだ手から伝わってきた」そう学は言った。
私は何もできなくて、ただ手をつないでいただけなのに、学は答えを見つけ出した。
きっと、学の中の私が励ましていたんだ。
私がこう言うだろうと、学は想像して心の隅に留めていた。
その想像が、私と手をつなぐことで学の心の中心に伝わったのだ。
私が鍵だったということ?

「早く帰ろう。今日は考えすぎて疲れた」
学は私の手を引いて早歩きで駅へ向かっていく。
私は気合を入れて足の回転を速める。

つないだ手があたたかい。
私はいつまでもあなたのあたたかい存在でありたいよ。









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誰かのあたたかい存在であれればいいなと思います。
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