[ 特 等 席 ]
「がーくー、宿題わかんないから教えてー」
俺の部屋に無断侵入してこう叫ぶ。
いくら同じマンションでしかも隣同士だとしても、インターホンを鳴らすだのノックするだの礼儀があるのが普通だ。
それがにはない。まぁ、玄関を開けたときに「こんにちはー」とあいさつはしているものの。
俺はベッドの上でバスケット雑誌を読んでいたのだけれど、の来訪でそれは妨げられた。
「どこがわからないんだ?」と尋ねれば、少し首をかしげ、笑ってまだ新しい英語の教科書を見せる。
英語の授業の予習が春休みの宿題だ。
俺は机の上から英語の教科書とノートをとりだし、脚を折りたためる小さな机を本棚の隣から持ってきて広げた。
は宿題の丸写しは絶対しないから、俺はのわかっていないところのアドバイスだけして、雑誌を読む。
それは見せ掛けで、雑誌を読んでいるふりをして、のことばかり見ていたけれど。
は全くもって鈍感で、俺が見ていることにも気づいていない。
鈍感で、天然で、その自然体なところがいいのかもしれないな。
そういうに俺が支えられているなんて、は知らないだろう。
「どしたの?」とが突然俺に尋ねる。
はっとする。俺はを見ていたのに、が俺を見ていることに気づかなかった。
大間抜けだなと思いつつ、適当にごまかす。
「いや、別に」と。
「ふーん、そう」とはいつもそっけない返事をする。
こういうときだけ鋭く、疑り深い。
それからしばらく、の英語の予習に付き合う。
俺がまだ予習していないところまで到達すると、「一緒にやろうよ」とが俺の腕を引く。
ベッドの上にいた俺は床に座り、と向かい合って予習をする。
顔を下に向けていても、目を少し上げるだけでの顔が見える。
特等席だなと思いつつ。
予習が終わると、はごろんと床に転がった。
昔から床に寝転がるのが好きな。
股上が浅めのジーンズに、丈が短めのシャツにパーカー。
へそが完全に見えている。
古くからの友達とはいえ、男の前でそんな格好をするのはどうかと思う。
俺を誘っているのか、あるいは俺を男として見ていないからか。
両方考えられない。
は、どうせ何も考えずに自分が疲れて眠いから転がっているのだ。
俺は見ていられなくなり、ベッドに座ってバスケットの雑誌をを読む。
今度も読んでいるふり。けれど目は雑誌の写真と文字を見ている。
どうしたものかと考えるけれど、良い案が浮かぶはずもなく。
部屋の扉をノックされて返事をする間もなく、母親が入ってきた。
「ただいまー。あら、ちゃん、いらっしゃーい。忘れ物したからもう一回買い物行ってくるわね。
ちゃん、そういう格好はお友達でも男の子の家ではしないほうがいいわよ」
「え?どうしてですか?」
「この子に聞くのがいちばん早いわよ」
母親は俺を指差し、クスクス笑いながら部屋を去った。
はじーっと俺を見ている。
その視線に冷や汗が出る。
どう答えたものか。
は身体を起こし、「何がいけないの?」と真顔で聞いてくる。
余計、答えづらい。
目をふらつかせていると、「目を逸らさない!」とは俺を叱る。
俺にはお手上げで、「わかった、話すから」と言うと、は目を輝かせていた。
「あういう格好されたら、触れたくなるんだよ、に」
「私に触れてどうするの?」
「気づけよ!遠まわしに言ってるんだから」
「・・・?・・・・・・あ!バカ!どうしてそういうこと考えるのよ、友達なのに」
は顔を真っ赤にして怒っていた。というよりは興奮していた。
俺はそれとは対照的に、の言った最後のフレーズに落ち込んでいた。
俺のこと、「友達」だと思っているんだな。
わかっていたはずだけれど、0.1%の確率に少し期待していた。
99.9%友達、0.1%好きな人、と俺のことを思っている、と。
興奮していただけれど、しばらくして俯いておとなしくなった。
何も話さない。沈黙が空間を支配している。
なんとか慰めようとする。とりあえず謝ろう。
「悪かった、そんなふうに考えてしまって」
返事はなかった。
すすり泣く声だけが聞こえた。
俺はぎょっとする。
の顔をのぞきこめば、涙が床に落ちた。
「ともだちなのに、どうして、そういうふうにかんがえちゃうの?」と詰まりながらは言った。
尋ねられて、俺には答えられなかった。
「もういいから、泣くなよ」と言うと、は顔をあげて「よくないよ!」と叫ぶ。
「よくないよ!わたし、がくのことすきだもん」
聞こえた言葉に、耳を疑った。俺が、好き?
の目は涙を流したせいで赤く腫れていたけれど、まっすぐ俺を見ていて真剣さを物語っていた。
腕をの身体に回す。
抱きしめると、細いんだなと実感する。
耳元で「俺も、が好きだから」と言えば、返事はないけれど俺の身体にの腕が回された。
今日もはやってくる。
俺の部屋に、宿題をしに。
の顔がいちばん近くで見られる。
ここは、
特等席。
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いつも通り、始まりと終わりだけ考えていたものと同じ展開で、
途中は絶対に違うんです。どして?