[ The Rainy Rainy Day ]





電車の中ではうとうとしていて気づかなかったけれど、電車を降りて改札をくぐると空は薄暗く雨がザーザーと降っていた。
雨が止む気配は、全くと言っていいほど感じられない。
俺はコンビニのビニール傘を買おうと思い、駅からいちばん近いコンビニへ向かう。
駅を飛び出した瞬間雨をかぶるはずなのに、ほとんどかぶらなかった。
傘が頭の上に差し出されていて、その主を見ると、近所に住んでる大学生のお姉さんだった。





「今、かえりー?」

「あ、はい、そうです。さんもですか?」

「うん、ちょうど帰ってきたところ。大雨だねー。傘、持ってこなかったの?」

「そうなんです、うっかりしていて」





彼女は近所に住んでいる剣崎学園の先輩で。
部活が一緒というわけでもなく、ただ近所に住んでいるというだけで交流はほとんどなかった。
ただ見ているだけ、ずっと見ているだけで、何を話したらよいかわからなくて、話しかけることもできず。
こうやって一本の傘に一緒に入るなんて、今まででは考えられないことだった。
いや、これからもほとんど考えられないことだと思う。

あの先生やあの子は元気にしているかとか、最近の生徒会活動はどうだとか、学校絡みの話をした。
さんは卒業して離れていった場所を、とても大事にしている。
知りたくて仕方がないようだ。通ってきた道だからだろうか。

「ねぇねぇ、もっと話聞かせてよ。・・・そーだ、高柳くんのバスケ部の話も聞かせてほしーな」
無邪気に尋ねるさん。かわいらしいな、と思いつつ、俺は試合のこと、仲間のことを話す。
切れ長の綺麗な目がこちらを向いていて、どきどきする。
さんにとって、俺の話は新鮮だからおもしろいのだろう。
リアクションが俺の周りにはないものばかりで、話している俺も楽しくなってくる。

駅から歩いて10分程の距離を、一本の傘に一緒に入って歩いた。
時間はあっという間に過ぎる。
俺が話している間に、さんの家の前まで来ていた。
「ちょっと待ってて」と言うと、さんは家の中へ入っていき、白いビニール傘を持って出てきた。
それを、俺に渡す。
俺はさんのご厚意に感謝して、白い傘を差して家への道を歩いた。





あれ以来よく雨が降る。今日も雨だ。
さんから借りた傘はまだ家の傘立てで眠っている。
俺は傘を返そうと思い、傘を差してもう一本の傘を手に提げて外へ出る。
さんの家でインターホンを鳴らしたけれど、誰も応答しなかったので留守だとわかる。
仕方がないので家へ戻ろうと思い元来た道をたどろうとして、ふとガムを切らしていたことを思い出した。
すぐさま向かう方向を駅前のコンビニに変更する。

コンビニでいつものガムを二つ手に取り購入する。
雨はまだ降ったまま。俺は二本の傘を持ったまま。
自動ドアをくぐってきた女の人は、雨に濡れて肩や髪に水玉をちらし、白いビニール傘を購入しようと手に取る。
その人が顔を上げた瞬間、目があった。
お互い驚いた。さんだった。
俺は、傘を返しに行こうとしていたところだと説明して、傘を返す。
さんは「ラッキー、傘買わなくて済んだ」と喜んでいた。

再び、さんと並んで歩くことになった。
不思議なめぐり合わせに感謝せねばと思った。
そして、前と同じように「最近、どう?」と尋ねるばかりで、彼女は自分のことは一切話さない。
もしかしたら、話せないのかもしれない。
話すことがないのではなくて、話したくないのではないかと。
誰にだって秘密にしておきたいことや、早く忘れ去りたいと思うことがあると思う。
そういう出来事が最近起きて、きっと他人の話を聞いて紛らわせているのだ。
誰もが毎日を生きるので精一杯なんだと痛感した。

俺の話が一段落したところで「さんは最近どうですか?大学は大変ですよね」と尋ねてみた。
意外とあっさりしていて「そうねぇ、高校より自由だから楽かもしれないよ」と平然と話している。
俺の予想が外れただけのようで、安心した。
辛い思いを抱えながら毎日を過ごして欲しくない。





「ご心配には及ばずー。この前、彼氏にふられたの。でも大丈夫だよ。
 だって、高柳くんと話していてたっくさーん元気もらったもん。きっと立ち直れるよ」





俺と話すことで気が紛れるのなら、それでいいやと思った。光栄なことだ。
家の中へ入っていくさんが見せた笑顔が、元気だというよい証拠。










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また中途半端な話を書いて……。
学ちゃんが先輩に憧れるお話。
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