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「おっわんねー」

「女がそんな言葉使うなよ」





大学生の私は高校生の学が夏休みに入って少しウハウハになっているのに、テストの真っ最中で勉強もしなくてはならないし、
最終課題の提出もたくさんあって毎日をパソコン起動してワードで文書作成を繰り返していた。
学が夏休みに入ってウハウハだというのは、正しくはないかもしれない。
高校2年生だから毎日バスケの練習もあるし、夏休みの宿題もたっぷり出ている。
今日は学の部活がお休みで、私もたまたまテストが無い日なので、学の家で勉強会兼デートというわけだ。
学はベッドの上で読書感想文用の本を読んでいる。
私は学の勉強机を借りて、家から持ってきたノートパソコンで課題をする。
学の家は私の家からけっこうな距離あるけれど、なにより図書館に近いから、重い資料を歩いて2分で部屋に運べるのだ。

ため息ばかりが漏れる。
もう1年以上大学に通い勉強する生活を送っているけれど、毎日同じことの繰り返しで課題の締め切りに追われながら生きている。
苦しくなったら辞めたらいいと思うけれど、辞める踏ん切りもつけられず過ごしている。
みんな、誰にも相談できなくてひとりで抱えている。
話してもこの状況をわかってくれる人が同じことを学んでいる仲間しかいないから。
携帯のメールで連絡をとりながら課題のレポートを作成する。
さっきから、メールばかりしていてレポートの量は増えていない。






「大変だな、大学生って。俺もみたいになってるかな、2年後には」

「どうせ学はバスケで大学行くんでしょ?なんとかなるよ、先輩に助けてもらったりできるから」

の先輩は、助けてくれないのか?」

「頼りない先輩ばっかりだからね、過去問は手に入るけど勉強は自分でしなきゃいけないし、レポートは他人に頼れないからね」





「毎日つまらない」と呟けば、学はいつも暗い顔をする。何が学を落ち込ませるのかはわからないけれど。
机の前に窓があって、そこから青空が見える。
空を飛びたい、逃げたい、どこか遠くを旅したい。
現実逃避なんてパソコンから目をそらせばいつだってできるんだ。
けれど、今、私がやるべきことは目の前に立ちふさがるノートパソコンのワードでレポートを作成して提出すること。
字数制限なんて実験のレポートには無い。けれど、終わりの無い考察に苦しめられて手が進まない。
ふーっと息を吐く。
視線を感じて振り返ると、学が私のことをじっと見ていた。
ドギマギして声が裏返った。





「が、学、どしたの?」

「なんで3年早く生まれなかったんだろうって。俺がと同じ年ならきっと手伝えたと思ったから」

「これやるんだったら理系行かなくちゃいけないよ?それに私は弟みたいにかわいい学が大好きだよ」





言った後で気づいた。学は「弟みたいにかわいい」と言われるのがとても嫌いだ。
「ごめん」と謝れど、学は傷ついていた。





「どんなに好きになっても、は俺のこと弟みたいだって思ってるしな。
 俺だけどんどんのこと好きになって溺れてるのに、はいつもそっけないし。
 高校生と大学生じゃぁ差がありすぎるから無理なんだったら無理だって言ってくれれば・・・。
 言ってくれれば、いつでも、別れる、から」





別れる、なんて言葉、学から聞いたこと無かった。
学は私から目をそらして俯いている。
空気が痛い、重い、暗い。
辛いこと、たくさんありすぎて楽しいことが何なのかさえわからなくなっている自分の唯一の拠り所だと思っていたのに。
此処も、もう私の拠り所じゃないの?
だったら、私は逃げ込む場所もなく彷徨うだけ?
気づけば、視界が涙で曇っていた。
ぽろぽろと涙が頬を伝う。
学は私のところに駆け寄ってきて、「泣くなよ」と声を掛けてくれる。けれど涙は止まらない。
私は力をなくして、椅子からずり落ちた。床にへなへなと崩れて座り込む私を、学はぎゅっと抱きしめてくれる。
「もうヤダ」と力なく震えた声で私が言っても、学は「大丈夫だから」と背中をさすりながら声を掛けてくれる。





「悪かったよ、別れるなんて言って」

「ううん、私も急に泣いてゴメンね」





泣き止んだ私は、ベッドの上で学と一緒に並んで座っている。
私と学の間に少し距離があったから、私はゴソゴソと動いて学にピタと身体をくっつける。
学の腕を掴んで、私の腕を絡ませる。





「なんか、泣いたら吹っ切れた。今まで精一杯頑張ってたけど、まだまだ頑張るよ」

「絶対いいことあるから、頑張ろうな。今、辛い分だけ、楽しいことがあったら楽しいって感じられるから」

「楽しいことって何か忘れちゃったけど、学といるこの瞬間は絶対楽しいことだから」





久しぶりに笑顔になれた。
学も「が笑ったの、久しぶり」と言って、私の唇に自分の唇を重ねる。
嫌な事を忘れるには十分なくらいのキス。





「レポートやらないのか?」

「今日は、もう、いい」





今日は、もう、いい。
だから、もっと私に触れて。
お願いだから。





   Please Touch Me .









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「楽しいことって何?」なんていう日が来るとは思わなかったけど、
辛いことがあるからこそ、楽しいことが楽しく感じられるという言葉で元気になりました。
年下学ちゃんに励まされる感じ・・・という設定が浮かんだので。
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