# 階 段 を 上 っ て #





どういう気の回しか知らないが、エレベーターを使わずに階段を上ることにした。
マンションの5階に住んでいる俺は、たいていエレベーターを使うのだが、1階のエレベーター前に大きな荷物を抱えたお隣さんがいたものだから、諦めたのだ。
滅多に階段で5階まで上がらないから、うっかりして屋上の手前まで上ってしまった。
確かに、5階の次が屋上だからそこで引き返すのが普通だし、屋上に行こうと思えばすぐに部屋を出て行けるのだ。
けれど、屋上に上ることはほとんどない。たまにはいいだろうと思い屋上へ上がった。
薄暗い踊り場から重い扉を開けば、太陽の陽射しが眩しい開けたマンションの屋上。
ぴゅんぴゅん変な音が聞こえるなと思えば、屋上のど真ん中で女の子がひとり、縄跳びをしていた。
それも二重跳び、三十跳び、後二重。そして、格好が白いTシャツにトレーニングパンツ。
俺に気づいてその子は手を止める。
かなり長い間、隣に住んでいるのに、屋上で自主練習していることに気づかなかった。
は俺のお隣さんで、同じ高校に通い、同じバスケットボール部に所属している。
ただ、登下校の時刻が少し違うので、このマンションですれ違うことはほとんどない。
が「教科書、学校に忘れて宿題できないから貸して!」と家に来る以外、ほぼ会わないのだ。





「おっと、バレたか」

「自主トレ?」

「そう。やらなきゃレギュラーキープできないもん。基礎体力で差が出ると信じてるから」





1年の秋からはベンチ入りして、2年の先輩達に混ざりながら公式戦に出してもらったこともあるらしい。
こういう陰ながらの努力が実っているからだろう。
良い所は、どんどん見習わなくてはならない。

傾きかけた太陽が、開けた屋上を強く射す。
ふと、エレベーターの前にいたおばさんのことを思い出した。
あの人は。





「おばさん、でっかい荷物抱えてエレベーター待ってたぞ」

「マジでっ?もうお母さん帰ってきたのかー。晩ご飯作るの手伝わなくちゃ」





は大慌てで縄跳びを短く縛って屋上から去っていく。
慌ただしいなと思いながら、俺も屋上を後にした。

翌日、窓の向こうに朝日が見え、俺はすがすがしい気分で目覚めた・・・と全く言えないような、真っ暗な空が広がり大雨が地上に降り注いでいた。
朝食を手早くとり、コンビニで買ったビニール傘をさして朝練に参加するべく家を出た。
それと同時に隣の家の扉が開き、彼女が出てきた。同じようにビニール傘を持ち、打ち付ける雨を見ていた。
俺に気づいて「よっ」と手を挙げる。





「おはよう、高柳。雨だねー。今日は放課後外練だから、中止だなぁ」

「あぁ、おはよう。雨の朝は憂鬱だな」

「朝じゃなくても昼でも夜でも憂鬱になるよねぇ」





軽く話しながらマンションの中を歩いていく。エレベーターに乗り1階へ降り立った。
地面に当たり跳ね返る雨。水しぶきが制服のすそを濡らしていく。
いつもならあまり聞こえない足音も、ピチャピチャと水のぶつかり合う音になって聞こえてくる。
黒いアスファルトの上を2人で歩いていると、はぽつりぽつりと話し始めた。





「私、今日ね、放課後少し待っててーて言われてるの」

「ん?」

「言われた相手は私の彼氏なんだけどね、なんか嫌な予感がするの。この天気だし、別れようって言われそう」

「そう・・・か、彼氏いるよな、お前」

「私ってバスケ一筋だからあんまり恋もしたことなくて、それでも好きって言われると嬉しいのよ。
 付き合ってみて、優しくしてもらったし、色々よくしてもらったから楽しかったなー」

「もう過去形でいいのか?」

「そうね、まだ別れたわけじゃないのに過去形じゃダメね」





「ありがとう」と感謝された。彼女はにっこり笑う。
彼女の笑顔は他人まで幸せにするようで、俺は少し口元を緩めた。
肩に入っていた力が抜けた。
何に緊張していたのか、何を恐れていたのか、全くわからなかったけど、どれもこれも雨のせいにすることにした。
なんでもとは言わないが、責任転嫁しないとやっていけないものだ。

の馴れ初めを聞いていて、俺もと同じようなものだと思った。
恋なんて数えるほどしかしていない。する余裕が無かった。
それでも、恋をすれば、守ってやりたいとか一緒にいたいとか、そう思うのだ。
明るく振る舞うを見送り、俺は学校の自分の教室へと扉を開いた。
深刻そうな顔をした男がひとり、窓から外を眺めている。
あぁ、の予想は当たりそうだ。
こんな雨の日だ。別れ話をするにはもってこいだろう。あいつは、天気予報をチェックしていたのだろうか。

昼休みが過ぎ、雨の勢いは朝より増した。
バチバチと雨がアスファルトに打ち付ける音がうるさい。
ほんの数メートルしか離れていない所でしゃべっている先生の声すらその音に掻き消される。
今日の部活は中止になった。
どうせ期末試験前だから、部活をやってもやらなくてもよかったのだ。
俺は早々に帰宅して、部屋の片づけをしようと考えていた。
ホームルームを終え、教室の掃除をしていると、廊下をとその彼氏とやらが歩いているのを見かけた。
仲良くデートに行くという雰囲気ではなかった。

自分の住むマンションにつく頃には、制服のすそはずぶぬれで、靴下まで雨水がしみて気持ち悪かった。
エレベーターで5階に上がる。
ふと見あげると、屋上へ続く階段に少しだけ光が差していた。
つまり、屋上への扉が少し開いているということだ。
開くということは、誰かがそこを通ったということになる。
俺の頭の中に浮かぶのはひとりの女。
貯水タンクの下、傘を差して女が立っている。
紛れもない、あれはだ。
顔を少し上げ、どこか遠くを見ている。俺には気づいていない。
ゆっくり近づいた。彼女の頬を涙が伝うのが見えた。





「あ、高柳・・・・・・」

「な、泣いてるのか?」

「ごめん、泣かせて」





彼女は俺から目を逸らす。
そして、ずずず、ともたれた壁に背中をつけながら力が抜けたかのようにしゃがみこむ。
はぁ、と大きく溜め息をついたは涙をぬぐいもせず流している。
俺はの側に寄り、肩に手をかけた。





「泣いてろよ、気が済むまで」

「あぁ、なんで、こんなに・・・悲しいんだろ」

「それだけ、好きだったんだろ」

「う、んっ」

「付き合ってる間は幸せだったんだろ?」

「うん」

「今、不幸だと思うか?」

「ううん、これから幸せ見つければいいんだよね」

「そうだ」





俺が幸せにしてやるよ、なんて言えなかった。

言ったところで、を困らせるだけだから。

の肩から手を下ろした拍子に、俺の手との手が一瞬触れ合った。
は俺の手を掴む。そして、手と手を繋ぐ。
空いた手で涙をぬぐうの口元が緩んでいた。

「ありがとう」

まだ目の赤いは、もう泣くのはやめたと言い切った。
涙で頬は濡れている。けれど、その瞳から涙は溢れてこなかった。
その意気だ、と俺はこぶしを前に突き出した。
も突き出して、こつんとこぶしどうしを合わせる。





「また恋をすればいいんだ。そしたら幸せになれる」

「あぁ」

「けど、今はバスケもしたいから、お預け。また気が向いたら頑張るよ」

「無理したって何にもならないからな」

「高柳は恋しないの?この前後輩フったって聞いたよ」

「好きでもない奴とは付き合えないよ」

「好きな人、いるんだ?」

「まぁな。・・・今は、一緒にいれればそれでいい」





それがいちばん難しいんだよね、とは言う。
一緒にいられるのは、気が合う証拠。
気が合わない人間の方が多いものだ。





「でも、一緒にいられる時間があってよかったね」

「そうだな。今は、少しでも一緒にいられたらそれでいいんだ」

「欲張らないの?」

「欲張ったって、どうしようもないからな」

「そうかな?強引にいったらうまくいったりすることもあるでしょ」

「お前相手じゃなぁ、どうしようもないからな」





さりげなく自分が言った言葉に驚いて、俺は口を押さえる。
隣では瞳を大きく開き、ぎょっとしている。
俺は笑いながら、告白した。

「俺はが好きなんだよ。こうやって一緒にいられるからそれだけで十分なんだ」

は顔を真っ赤にして頷いた。
それは、こうやって一緒にいることへの了承だと俺は判断した。









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どうっスかね・・・・・・。学ちゃんに見えますか?
最初は見ず知らずのヒロインにしてたんだけど、それじゃじゃ学ちゃんが変態になるので却下。
書き直しました。
このほうがなんかいいや。
全然ラブラブじゃないのよね、私が書くと。

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