# わ た し の た め に #





真冬の帰り道。
手袋をしないで素肌を晒して帰る。
隣には学がいて、もちろん手はつないでいるけれど相手の手の温もりだけじゃ全身は温まらない。
「寒いね」と言って、ぎゅっと握る手に力を込める。
学も「寒いな、今日は」と言い、私の手を握り返してくる。
すると、学はキョロキョロ辺りを見渡しながら歩くのだ。
そして、自動販売機を見つけると小銭を入れて私に言うのだ。

の好きなもの、選べよ。一緒に飲もう」

私は遠慮するけれど、学が「俺も寒いから何か飲みたい」と言うので私はホットコーヒーを選ぶ。
プルタブを開けて、ひと口コーヒーを口に含むとほんのり苦味が広がる。
けれど、コーヒーの温かさに身体が温まっていくのがわかる。
学に缶を渡すと、学もひと口飲んで身体を温めていた。
雪がちらちらと舞い降りる。
薄っすらと白く染まったアスファルトの上を学と並んで歩いた日。
学校の最寄りの電車の駅に着く頃には、コーヒーと互いの手の温もりと歩くという運動により、体がポカポカに温まっていた。

駅に着き、自動改札をくぐってホームで電車を待つ。
遮るものが無い開かれたホームを冬の凍える風が吹き抜ける。
手に息を吹きかけて少しでも温めようとする。
それでもなかなか温まらないのだ。
隣に立つ学を見れば、制服のズボンのポケットに両手を突っ込み、肩を縮めている。
それを見て、私はブレザーのポケットに手を突っ込んだ。

学は温まるヒントをくれたり、温めてもくれる。
そういうことが、私に対する優しさで私の為にやっていることなんだと思う。
うぬぼれていると言われても文句は言えない。

手を振って別れた。
私の家は駅と直結のマンション。
学は1つ先の駅で降りるから、駅のホームで学の乗った電車が見えなくなるまで見送る。
振り終えた手をだらんと身体の横に下ろして、私は踵を返して歩き出した。





翌日、いつもどおり6時半に起床するはずが、寝相の悪い私のせいで目覚まし時計の電池がはずれてしまったので7時に起きてしまった。
雨戸を開けずにパジャマのまま台所で食事を摂り、歯磨きをして身の回りの仕度を整えて玄関を飛び出す。
走って駅まで行き、改札をくぐり階段を駆け上がる。
向かい側のホームに辿り着けば、丁度電車がホームに到着。
荒い呼吸を整えながら開いた扉をくぐる。
移りゆく景色を眺めながら時間が経つのを待つ。
はっと気づけば、首にマフラーを巻いていない。
私はがっくり肩を落として座席に腰を沈めた。

駅から学校への距離は短くはない。
なるべく早歩きで身体を温めようとしたけれど、なかなか温まってくれない。
風は冷たい。指先は凍りそうだ。
昨日と同じように手に息を吹きかけるが、これでもまだ温まってくれない。
身体を震わせながら足を進めていると、バサっと首になにかが掛けられた。
見れば青と白のボーダーのマフラー。
見覚えのあるそれは、学のマフラーではないか?
後ろを振り返ると呆れた顔で学が立っている。
私の隣にやってきて、首に掛けられたマフラーをきっちり巻きなおす。



「何やってるんだ?風邪ひくだろ。マフラー忘れたのか?」

「遅刻しそうで慌ててたから忘れちゃったの」

「バカだな、は」



目を細めて学が笑う。
もちろん首にマフラーをしていない。
私はマフラーを返そうとしたけれど、学の手がそれを遮った。
はよく風邪ひくから俺よりに必要なんだ」と。
ありがとうと素直に感謝の意を述べれば、また学が笑う。
私もつられて笑う。
少しだけ、ほんの少しだけ、身体が温まった気がした。
学の優しさが私のエネルギー。



「今日は朝練ないの?」

「寝坊したから休んだ。…あと、と一緒に学校行けるかと思って」



私の為に休んだわけではないけれど、私と一緒に登校しようとわざわざ時間を合わせてくれたのだ。
きっと、寝坊せずに駅に着いていれば、いつもの5号車に乗って学にも会えたはずだ。
けれど、私は間に合わなかったから1号車に乗った。
とても申し訳なく思った。せっかく合わせてくれたのに、私はそれを無駄にしてしまったのだから。



「ごめんね」

「何が?」



学は気にしていないようだった。
けれど、いつも私の為にいろいろしてくれるのに、私は学に何もしてあげられないのかと思うと罪悪感に浸る。
落ち込んで、俯き加減で歩いていると学が私の頭をつかんでひっぱりあげる。
何も言わずに学は隣で笑っている。
学は絶対今日私と一緒に学校へ行けると確信していたわけではないから許す、許されるという問題ではないのだ。
電車の中では会えなかった。けれど、今、学校への道を歩いていて会えたのだ。
それでいいんだと、私は学に会えるなんてこれっぽっちも思っていなかったから。



「ありがとう」

「え?」



私の為にいろいろしてくれる学がいる。
とても愛されてるなと思った。
だったら、私は何ができるかな。
学の為に何かできることはないかと模索する。
私の為に無理して何かする必要は無いよと言うよりは、私が学にしてあげられることを見つけるほうが優しさというものだと思った。

結局、その日は何も思いつかず、学のマフラーを家まで借りて帰ってしまった。
学は部活で遅くなるから先に帰ってくれと言っていたけれど、それなら学のほうが寒くてマフラーが必要なはずだ。
返しても学は受け取ってくれなかった。
余程、私が風邪をひかないか心配されたようだ。





翌日、私はいつもしている黄色のマフラーをかばんにしまって、学から借りているマフラーを首に巻いて登校した。
そうすれば学と一緒にいるような気分を味わえるのではないかと思ったからだ。
けれど隣に学がいないことにかわりないので、余計むなしくなってきた。
校門をくぐり体育館の横を通り昇降口に向かう。
体育館からバスケ部の面々がぞろぞろ教室へ向かっていった。
もちろん学も体育館から出てくる。
私に気づいて駆け寄ってくる。



「そのマフラー、してるんだな」

「あ、うん。学のだから、あったかいかなぁってね」

「じゃぁ、のと交換」



そう言って私のかばんからはみ出していた黄色のマフラーを引き抜いて自分の首にまきつける。
そして、そのまま手を振って校舎の中へ消えていった。
私はきょとんとしたまま、体育館と校舎の間の通路に立ちすくんでいた。

教室に入り、マフラーをはずして席につく。
周りの席の子たちにいつもとマフラーが違うことを指摘される。
「借りてるの」と言っても「彼氏と交換したのね」の一点張り。

放課後、学の教室へ行くと教室はがらんと静まり返っていて、ぽつんと隅の席で学が席について黙々と筆を進めていた。
私が教室に入ると、軋む床の音で学が顔をあげる。
暖房は切ってあるので、屋内にも関わらず学は私のマフラーを首に巻いていた。
どうやら、課題をやり忘れていて居残りさせられているらしい。
私は学の向かいに座った。
手伝おうかと申し出たけれど、学に断られた。
そういうのは優しさでもなんでもないと。



「これは俺の責任だから、には迷惑かけられない」

「でも、私だって何か役に立ちたい。学の為に何かしたいよ」

「それなら、そこにいるだけでいい。
 側にいてくれるだけで、が俺のエネルギーになるから。
 俺はの為にいろいろやってるけど、それの見返りがほしくてやってるわけじゃないから。
 笑って『ありがとう』って言ってくれるだけで救われる。
 そういうもんじゃないのか、優しさって。
 気づかないうちに自然と溢れてる。
 が俺の為に何かしたいって言うなら、今日はそれをとっておく。
 俺が困った時に、何かしてくれればいいから。ができることを、な?」



とにかく、この学の言葉に説得力はあった。
私は黙って学が居残りの課題を進めていくのを見ている。
目が合えば笑顔になる。
それだけで学のエネルギー補給ができるのなら、なんて楽な仕事だろう、私のできることは。

窓越しに外を見れば、青い空が広がっている。
白い雲が時折風に流されてゆく。
前を見れば、学がいる。
ずっと側で笑っていてやろう、と素直に思えた。









**************************************************

いつの季節の話やねん…てね。書き始めたのは十分春でした。
寒いと密着できるかなぁって思ったんで。
誰かの為にすることってのは、やっぱり見返り求めてないよなぁって。
自分の為にしたことを横取りされたら、見返り求めたくもなるよ。
inserted by FC2 system