[ あなたの手本になりましょう ]





「日吉せんぱーい、私、もう疲れちゃいました」
部長達が帰ってしまい、部室には俺とマネージャーのだけが残っていた。
ソファに腰掛け、両足をだらしなく放り出してる
俯いているから表情は確認できないけれど、声のトーンで落ち込んでいることはわかった。
俺も、そろそろ疲れてきたよ。
俺の片想いの相手の、片想いの話を聞くのは。





「っていうか昼ドラかよ!ってつっこんじゃいたくなりますよね、このテニス部」

「そうだな。片想いの連鎖がな・・・」

「私は鳳先輩が好きで、鳳先輩の彼女は跡部部長に浮気してて、部長の彼女は宍戸先輩に惚れかけてて、
 宍戸先輩は滝先輩の彼女に片想いしてて・・・何なの?このテニス部???」





実際に口にすると、昼ドラほどではないけれど、恋愛関係のもつれが部内にあるということを思い知らされる。
ただ、ここに足りないものは、俺はが好きだということ。
俺はの恋愛相談を受けている。
よくあるパターンだ。
そして、さらによくあるパターンとして、相談している相手の想いを知って、そちらに乗り換えてくれるというもの。
少し、期待しているけれど、そんなに世の中甘くない。

片想いを続けることに疲れている。「優しいから鳳先輩が大好きなんです」と言い切る。
俺も優しくしてるつもりなんだけどな、に。
どうやったら伝わるんだろうな。

俺は鞄の中からチロルチョコを探し出す。
ミルクチョコをに投げてやった。
礼を言って、はチョコを口の中に放り込む。
俺も同じチョコを口の中に入れた。
ミルクチョコは甘いな。





「先輩、もうやめたいです。片想い」

「だったら告白すれば?」

「玉砕する勇気はないです。受け入れてもらえなかったら、そう考えると怖い。
 先輩だって私と同じ状況なんでしょ?玉砕覚悟で想いを伝えられますか?」





の気持ちは痛いほどよくわかる。
だからこそ、次に進むためには告白しないとダメだと思う。

「じゃあ、日吉先輩がお手本になってください。そしたら、私も告白する」
の爆弾発言に、目を見開いて驚いた。
も、俺の驚き具合に驚いている。





「な、なんでそんなに驚くんですか?」

「俺が手本って、そんなバカな」

「お子ちゃまはお手本がないと何もできないんですー」





ぷーっと頬を膨らませる
勇気を出せ。ただ自分の気持ちを伝えるだけ。
「っていうか先輩の好きな人ってどんな人なんですか?」と今更ながらの質問をする
俺は小さく笑って言ってやった。
「俺は、が好きだ」と。
予想外の答えだったらしく、は硬直していた。





「な、同じ状況だろ?」

「あ、あた、あたし?だって、私、いつも先輩に恋愛相談してたのに・・・どうして」

「好きだから、黙って聞いてたんだよ」

「じゃあ、あ、あたしにちょびっとだけ優しいのも、それで?」





頷いて返事をすると、は両手で顔を覆ってしまった。
泣いているのだろうか?泣かしてしまったのだろうか、俺は。
震えているような小さな声が聞こえた。
ごめんなさい、と連呼しているようだった。
謝る必要はない。むしろ、の気持ちをかき乱してしまった俺のほうが、謝るべきなんだ。
「とにかく、今日はもう帰ろう」と声を掛けて、俺たちは部室を出た。
バス通学のを、学校前のバス停まで連れて行き、バスに乗ったのを見届けてから、俺は電車の駅へ向かった。
明日は、元気な姿を見せてくれるだろうか。
手本を見せたのだから、同じことを実行してくれるのだろうか。





毎朝恒例の朝練を終えて、俺は教室へ向かっていた。
とは顔を合わせたものの、何も会話はしていない。
教室の扉を開こうと手を伸ばした瞬間、大声で名前を呼ばれた。
振り返ると、が大きく手を振っていた。
は俺の元に駆け寄ってきて「灯台下暗し」と呟いた。





「私、日吉先輩の優しさが当たり前のものだと思ってたみたい。
 だから、今度はちゃんと恋愛対象として先輩のこと見るから、もし、私が先輩に恋したら付き合ってくれますか?」

「鳳は、いいのか?」

「割り切ったわけじゃないです。でも、こーんなにステキな先輩が傍にいるのだから、ね」





エヘヘ、と照れくさそうな笑顔では言ってくれた。
玉砕覚悟だったけれど、意外と伝わるもんだな。
1年生のフロアへ戻っていくの後姿を見送りながら、俺は心の中でガッツポーズをとっていた。









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日吉くんが恋愛相談ってあまりなさそうだったので。
もうね、最後にガッツポーズとらせたかったんだよ、日吉くんに。
男の子ってかわいいからいいよね。


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