[ V サ イ ン ]





「日吉くん!!」
いつもの明るい声でさんが俺を呼ぶ。
振り返れば、紅白ボーダーのマフラーをしたさんがVサインを左手で作っていた。
人差し指で光る指輪は、俺が贈ったクリスマスプレゼント。
そこにいるだけで空気が柔らかく温かくなるのは、さんの性質なんだろう。

部活を引退して、体力を落とさないように冬休みは後輩達に混ざって部活をしている。
その帰り道、卒業して大学生になったさんと偶然会った。
これは偶然か?必然か?
わからないけれど、約束せずに会えたことに感謝して、並んで歩く。
1つしか年は変わらないのに、学校が違うだけでどうしてこんなに価値観が変わるのだろう。
世界が違うのだろう。
さんは、俺には手の届かない場所に行ってしまった。
4月になれば、俺も同じように変われるだろうか。
そんなふうには思えない。

手を伸ばしたら、のさんの手と触れた。そんなものは当たり前の話だ。
握れば握り返してくれる。
それは生きている証拠。俺も、さんも、この世に生きている。





「ねぇ、日吉くん。明日は空いてない?」

「明日・・・ですか?明日は空いてますよ。後輩達が宿題休みをとるそうなんで、部活はないんです」

「じゃあ、でかけない?バイトだったんだけど、ずっと休んでて稼ぎが少ない先輩が入ってくれたから休みなんだー」

「そうなんですか?なら、でかけましょう。時間や場所はどうします?」

「ねぇ、明日は日吉くんの行きたいところがいい。いつも私ばかり好きなところに行ってるし」





俺の行きたいところってどこだろう。
考えてみれば、特に行きたいところがないからいつもさんの好きな場所に行っていた。
少し考えてみる。最近行ってない場所。行こうとして行っていない場所。
黙っていると、さんのクスクス鼻で笑う声が聞こえてきた。
「やっぱりね。日吉くんは特に行きたい場所ってないんだ。私の行きたいところで満足してくれるんだよね」
その通りだ。何もかもお見通し。さんが満足してくれるのならば、どこでもいいんだ。

夜風は冷たい。
お腹がすいた。
バイト帰りのさんも、お腹がすいている。
2人で通りかかったファミレスに入る。
背の高いメガネのウエイターが笑顔で迎えてくれた。
そして、顔をひきつらせる。





「い、いらっしゃいませ、日吉様、様」

「忍足さん・・・バイトですか」

「2人はデートかいな。ほんまよろしいなぁ。
 クリスマス終わったと思ったら、彼女に別れ切り出されてかなわんわ。
 最後にクリスマスで金だけ巻き上げられたー!!!」

「落ち着いてくださいよ、忍足さん!!」





忍足さんはバイト中にも関わらず取り乱してしまい、3年間同じクラスだったさんですら驚いている。
他の店員さんが駆けつけてなだめていたら、席に着いた俺たちのところへけろっとした顔でオーダーをとりにきた。
アップルティーを注文するさんは、妙に元気だ。
いいことがあったのか、それとも俺の知らないさんの姿なのか。

じっと見つめていた。
見た目も少し変わった。
話し方も、表情も、全部昔と違っている。
毎日変わっていくのは当たり前かもしれないけれど、変わらないものだって少しくらいはあるはずなんだ。
それが、見つからない。
俺には、ついていけない。

「日吉くんの洞察力って、どんどん鋭くなってる。追いつけないよ。どんどん引き離されてる」
そんなことを真顔で言うさん。
さんこそ、どんどん大人になっていて、俺には追いつけないところにいる。
2人の距離は遠いのだろうか。追いつけない距離なのだろうか。





「そんなことないよ。離れている方がいいこともあるって。
 だって、私と日吉くんが同じ場所にいたら、同じものしか見えないよ。そんなの、つまらないじゃーん」

「お互いが見える距離で離れた方が、俺に見えないところはさんが見てくれるし、
 さんに見えないところは俺に見えるし、ということですね」

「そ!私には見えなくなってしまった高校時代を、今、日吉くんが伝えてくれてるの。それでいいんじゃない?」





「ね?」とVサインを見せるさん。魔法のサインだ。
全部、解決できる。幸せになれる。









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グッジョブ。Vサイン。


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