[ in the world ]
あぁ、ガンコ親父のちゃぶ台返しだ。
床に散らばったクッキーやポテトチップス。
座布団にしみこんでいくオレンジジュース。
目に飛び込んでくるのはそれだけ。
全部、私がミニテーブルをひっくり返したがゆえの、産物。
これで気が済んだ?本当に気が済んだ?
一瞬の快感の後に湧き起こる感情は、後悔だけ。
脱力して床に座り込んだ。
「ごめんなさい」ただそれだけ、口からこぼれた。
呼吸が荒くなる。
涙が頬を伝った。
黙ったまま立ち上がって部屋から出て行く若。
追いかけることも、声を掛けることもできなかった。
ただ、見送るだけ。
扉が閉まるとき、バタンという音がむなしく響いた。
床に流れたオレンジジュースに右手を浸す。
少し、冷たかった。
広げても、こぼれたジュースは消えてなくならない。
広げることは無駄だと、やっとわかった。
再び扉が開いた。
若が「何やってんだよ、」と言うのが聞こえた。
私の手首を掴んで床から遠ざける。
柔らかいものに包まれた手を見れば、真っ白なタオルがそこにはあった。
若は持ってきた雑巾で床を拭く。
私が広げたオレンジジュースのしみは、消えてなくなった。
バラバラに割れたクッキーとポテトチップスを拾い集める。
まだ食べられそうなものは、皿に戻された。
私は何もできない。
ただ、座ったまま。
「・・・」
「・・・・・・」
「どうした?」
「どうも、してないよ」
「だったらこんなことしないだろ。・・・まぁ、いいけど」
突き放すのなら、突き放せばいいのに。
この人は、私のことに興味がないのだろうか。
中途半端な態度を見せられて、疑心ばかり生まれる。
そんな私の気も知らず、若はクッキーを口に運んでいた。
ただ私は、若を見つめていた。
視線に気づいてこちらを向く若。
ため息がもれた。
私のと、若のと。
重い空気に押しつぶされそうだ。
「ほら」と差し出されたものは、割れたクッキーの欠片。
クッキーと若を見比べる私。
若は、私の口にクッキーを運ぶ。
甘いバターの香りに誘われて、私は口を開いた。
口の中でとろけるクッキー。
口から身体全体へ、少しずつ優しい気持ちが伝わってく。
ずっと、落ち着かずにさまよっていた私の心も、椅子に座ったかのように静かになった。
「話さないとわからないだろ?いつもはそうだ」
「若に話すことなんて何もないよ」
「普通はちゃぶだい返しなんてしない」
「私が普通じゃないのは、若がいちばんよく知ってるじゃん」
「普段のは、そんなことしないよ」
若は、私の何を知っているのだろう。
私は、若の何を知っているのだろう。
相手の心の中なんて、どうあがいても見えないんだ。
クッキーに手を伸ばす。
今度のクッキーは、私を現実に引き戻した。
私は、若との大切な時間をぶち壊した。
今の出来事はそれだけ。簡単なことだ。
「ごめん、若。ジュースとってくる」
私は慌てて部屋を飛び出した。
母親には叱られた。
当たり前だ、ちゃぶ台返しをした本人ではなく、客人である若がタオルや雑巾をとりに行ったのだから。
グラスにオレンジジュースを注ぐ。
階段で滑らないように気をつける。
「よくできました」
若にグラスを渡せば、若は私の頭をなでる。
少し、微笑んでいた。
私は訳がわからないまま、若に頭をなでられている。
ほっとした。
ひとりでさまよっていたことに気づいた。
ひとりぼっちの世界は淋しくて、突然誰かと一緒にいることになっても対応できなかった。
クッキーとオレンジジュースを混ぜても、淋しさは紛れない。心の穴は塞がらない。
また、泣いていた。
涙が止まらない。
枯れるまで涙を流せば、いろんなことがいつもどおりになる気がした。
心の穴を塞いでも、穴が空いたという事実は消えない。
若は、ぎゅっと私のことを抱きしめてくれた。
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我が家でちゃぶ台返しなんかしたら、生きていけません・・・。
母親は鬼・・・怖いです。
日吉くんは何も言わずに片付けして優しくしてくれるんだろうな、
と思い浮かんだのでした。
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