[ テ レ パ シ ー ]





「珍しいね、若が休みの日に自主練なんて」
誰もいないはずのテニスコートに、人がいた。
にらみつけるまでもなく、声で誰だか判断できる。
はキャスケットを深々とかぶって、変装でもしているようだった。
俺には以外の誰にも見えないけれど、普段のを知らない人なら誰だかわからないだろう。
雰囲気が違うから。
おとなしくて、まじめで、制服の着こなしは校則通り。
そんながショートパンツに黒タイツ、わりとヒールの高いロングブーツを履いている。
いつもはジーンズかスカートで、シンプルな着こなしをしているから、こんな姿は初めて見た。

それにしても、はよくこんな穴場のテニスコートをよく知っていたものだ。
それ以前に、俺がここにいることがどうしてわかったのだろう。
「若のお母さんに聞いたの。で、一緒にお弁当作ったの」と。
は手に提げた袋を高く上げる。満面の笑みがおまけについてきた。
朝からずっとひとりで練習していた。
昼になったら帰ろうと思っていたけれど、しばらくここにいることになりそうだ。
の携帯電話は12時の時刻を示していた。
ベンチに腰掛けると、は俺に作ってきた弁当を手渡した。
ちゃんと、の分もあるらしい。





「どうどう?お弁当作ってるって聞いたから、一緒に作らせてもらったの」

「へぇ、にしては上出来」

「私の作った弁当食べるの初めてでしょ!」





どこかへピクニックにでも行ったかのようだ。
秋の風は冷たい。
けれど、温かい空気が流れる。
冷めてしまった卵焼きだけれど、箸で半分に割ると湯気が出た気がした。
すこし、ゆるく巻かれた卵焼き。が焼いたのだろう。
母親のいつもの卵焼きと比べれば、巻き方は甘い。
けれど、一生懸命作ったことが伝わってきた。
「うまい」と言えば、は隣で目を輝かせて「ホント?」と言うのだ。
片割れの卵焼きを箸でつまむ。
そのままの口元へ運べば、は嬉しそうに口を開ける。
口の中へ卵焼きを放り込めば、笑顔ではそれを食べる。
そして、同じ事を俺にするのだ。
が卵焼きを半分、俺の口元へ運ぶ。

「お茶、ある?」と尋ねれば、は袋の中からペットボトルのお茶を俺に渡す。
お茶を飲んで弁当箱をのぞけば、半分以上食べていた。
隣にいるのひざの上、弁当箱はまだ3分の2程度残っている。
食べるペースは遅い、食べる量は少ない。
俺との男女の違いが歴然と現れた。
俺が弁当箱を片付けていても、はまだ隣で弁当を食べていた。
ゆっくりゆっくり、景色を眺めながら。

「私、食べるの遅いよねー」と笑いながら言う
デートに行って食事をしていても、いつも俺の量の半分くらいしか食べないのに、俺より食べ終わるのが遅いんだ。
いつもいつも、何があっても自分のペースを崩さない。
そして、無用心。
俺がずっとを見ていることに、気づかないようだ。

瞬きをすれば、まつげが揺れる。
風が吹けば、髪が流れる。
口に入れたものを飲み込めば、のどが動く。

「ごちそうさま」と小さな声では言うと、弁当箱を片付けた。
そして、ようやく気づくのだ。俺が、ずっとを見ていることに。





「え、ずっと見てた?」

「あぁ」

「えー、私なんか見てもおもしろくないよ」

「おもしろいから見てるわけじゃなくて、そうだな、が好きだから見てたんだ」





は目を丸くして固まった。
そして、頬を赤く染めるんだ。
それがかわいらしくてたまらない。
思わず笑ってしまった。
予想通りの反応だから。
のことは、手に取るようにわかるときもあるんだ。

あぁ、またわかる。
俺と目が合わせられないんだ。
だったら、合わせないようにするだけ。
と向かい合わせ。
ぎゅっと抱きしめたら、お互い顔は見えなくなるから、これでいいだろ?









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私はジーンズしかはきませんが、こういうかっこうはかわいいので好きです。
HMVフリーペーパーのAIちゃんのイメージ。
手に取るようにわかるとつまらないときもあります。

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