[ 通 り 雨 ]





「あ、雨」

私は家に帰る気マンマンだったのだけれど。
それに水を差すように雨が降り始めた。
『水を差す』という表現は、ここから生まれたのかと思うと納得がいく。
本当にそうだかは知らないけれど。

学校の昇降口で私はただぼーっとしていた。
傘はない。人の傘を勝手に持っていく度胸なんてない。
天気予報で雨なんて言葉は一言も言っていなかったはずだから、ただの通り雨だ、きっと。
だから、私は雨宿りすることにした。
そのうちやむから、それまで待てば濡れずに帰られるはずだ。

放課後5時。生徒会役員の友達のお手伝いをしていたら遅くなってしまった。
彼女はまだ仕事の続きをしていると思う。
私と同じように、仕事をしながら雨がやむのを待っているのかもしれない。
昇降口と廊下をしきる三段の小さな階段。
私はそこに腰掛けて、扉の向こうの世界から雨があがるのを待っていた。
背後に気配を感じて私は振り返る。
スポーツバッグを背負ったわかが立っていた。少し、髪が濡れてふにゃっとしている。





・・・何してるんだ、こんなところで」

「雨宿り」

「あぁ、雨な。俺も帰れないな・・・」

「わかも一緒に雨宿りだね」





わかは私の隣に腰掛けた。
足を前に投げ出してくつろいでいる。
わかは、雨の後のコートが使い物にならないから部活が解散になって帰ろうとしていたのだけれど、
私の後姿が校舎の窓から見えて気になってここに寄ったらしい。
後姿で私がよくわかったもんだと感心する。

無言でただ雨がやむのを待った。
時間が時間だから、昇降口を訪れる人もいない。
わかは私の肩を引き寄せ、抱いていた。
私は頭をわかの肩に載せる。
目を閉じれば、花畑が一面に広がった。
私はたくさんの花々に囲まれ、笑っていた。
幸せでいっぱいだ。
こうして、好きな人と一緒にいられるのだから。

気配を感じて目を開くと、わかがこちらを見ていた。
目と目が合う。
自然と唇が重なった。
そして、また無言で雨が打ちつけるグラウンドを見つめていた。
雨はやまない。





「日吉?さん?」

「あ、鳳くん!」





声を掛けられ、鳳くんが目の前にいることにやっと気づいた。
鳳くんはずぶ濡れの傘を持っている。雨水が床にたれていた。
その傘を鳳くんはわかの手に握らせた。





「傘、使いなよ。俺、折り畳み傘持ってるからそれで間に合うし」

「いいのか?」

「帰られないんだろ、さんがいるから。濡らすわけにはいかないもんな」





今、気づいた。わかはひとりだったら濡れてでも帰るはずだ。タオルを頭に掛けて走って駅へ向かっただろう。
けれど、私がいるからそうしなかった。
私が雨宿りしているのを見て、私がひとりぼっちにならないように一緒にいてくれたのだ。
申し訳ないなと思いながらわかを見る。
わかは立ち上がって私の手を引いた。
「もう、帰ろう」と。

鳳くんは自分の靴箱を開いて、中から折り畳み傘を出した。
そして、笑って去っていった。
私も立ち上がり、わかと並んで歩く。鳳くんの傘をさして、二人で並んで。
通り雨のおかげでわかと一緒にいられる時間ができた。
ありがとう、雨雲さん。

いつもわかと別れる場所、近くのバス停。
バスの時刻表を確認すると、あと10分でバスが来る。
私とわかは傘の下でくだらないおしゃべりをして時間をつぶしていた。
バスが道路の向こうに見えた頃、雨はあがって曇り空のすきまからお日様が見えた。
もう沈みかけているけれど。





「またね、わか」

「あとでメールするな」

「う、うん」





わかからメールしてくるなんて、奇跡だ。
虹が出るようなものだ、いや、虹が出るのは奇跡ではないけれど、偶然の産物みたいなものだから。
あとで届いたメールはデートのお誘いのものだった。
私は大喜びでメールの返事を打った。









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ふたりきりで雨宿りしていて、日吉くんは彼女との時間がもっとほしいと思いました。
で、デートのお誘い、みたいな。
今回の脇役は誰にしようか迷ったんだけど、
折りたたみを持ってきてそうなチョタにしました。

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