[ 100 万 ギ ル の 宝 箱 ]





「なんでやねん、そんなんありえへんわ。どうやったらそういうふうに考えられるん?」

長年住み続けた大阪を離れても、なかなか関西弁というものは身体から離れない。
氷帝ではできるだけ話さないように努力しているけれど、テニス部の忍足先輩と話す時は絶対関西弁になってしまう。
大阪にいる友達と電話で話す時も、もちろん関西弁。
だから、私は東京の氷帝学園の教室でひとり、関西弁で電話している。
ボケとツッコミの応酬。
楽しくてしかたがない。
お腹が痛くなるほど笑える。
話題がつきるまで話した後、別れの言葉を紡いでから電話を切った。
顔をあげると、いつの間にか日吉くんが近くにいて、驚いた。





「ひ、日吉くん!いつからいたの?」

「ん?ついさっき。忍足先輩が女声で話してるのかと思った」

「関西弁イコール忍足先輩っていう思考回路はどうにかしたほうがいいよ」

「そうかもな。でも、少し面白かった」





そう言った日吉くんは、本当に面白かったと思っているようで、ほんの少しだけ笑った。
笑った?今、笑った?
日吉くんが笑うところなんてみたことない。
魔物が巣食う洞窟に忍び込んで、モンスターを倒しまくって、傷ついた身体をひきずっていったその先に
あった宝箱を開いたときのような感覚。
そして、宝箱を開いたら、ミミックでもひとくいばこでもなくて、100万ギル入っていたような感覚。

本当はこの場から離れたくなかった。
日吉くんの新たな発見があるかもしれないから。
けれど、私用というのは都合が悪いときに限って入っているもので、私は大急ぎで荷物を片付ける。
「また明日ね、日吉くん」と言うと、「あぁ、また明日な」と日吉くんは手を挙げて返事をしてくれた。
日吉くんが何をしに部活を抜けてこの教室に来たとか、そんなことはしらない。
とにかく私は100万ギルゲットした喜びで、スキップして家に帰りたかった。
夜には、放課後電話した相手にお礼のメールをした。
彼女と関西弁で通話したおかげで、日吉くんの笑顔が見れたのだから。
携帯のカメラで撮りたいくらいだった。
どうして、私はこんなに日吉くんが好きなんだろう。
普段は笑顔なんてかけらも見せないし、無愛想だし。
日吉くんの優しさが好き、というわけじゃないからかな。
あの一生懸命な姿がすごく好きなんだな。





翌日、朝練が終わって静かになったテニスコートの近くの花壇で、私と忍足先輩は話していた。
目の前を日吉くんが通り過ぎる。
私は声を掛けようとしたけれど、まるで私達がいないかのようなそぶりで、日吉くんは校舎の中へ消えていった。
忍足先輩は「おつかれー」と声をかけたのに無視されて、演技で泣いていた。
「慰めてやー、ちゃん」と私に抱きついてくるのもいつものことで。
「はいはい」と適当にあしらうと、「ひどいわー、ちゃん」とまた絡んでくる。
忍足先輩が私に抱きついているときに、一瞬日吉くんがいたほうを見た。
日吉くんの顔が少し動いていた。
もしかして、私達のこと見てたのかな?と少し動揺する。

忍足先輩と別れて教室へ戻る。
友達が、英語の予習をし忘れて泣きついてきた。
ノートを貸すと大喜びして席へ戻る。
戻った席は、日吉くんの隣の席。
一瞬、日吉くんと目が合った。
笑顔を見せると、日吉くんが口だけ動かして「おはよう」と言ってくれた。
とても嬉しくて、私は泣きそうになる。
もう一度笑顔を見せて私は授業の用意をした。

授業の合間の休み時間。
移動教室もないので、私は持ってきた小説を開く。
しおりをはずして机の上に置いた。
数行読み、次のページを見ようと本をめくる。
前からガタと音がし、私が顔を上げると日吉くんの横顔が見えた。
私に用があって前の席に座ったのだろうか。
「どしたの?」と尋ねると、「いや、別に」と返事があった。
用もなく近くに来るだろうか。
しばらくして、日吉くんがこちらを向いて尋ねた。





「ああいうこと、されて平気なわけ?」

「ああいうことって、何?」

「忍足先輩に、抱きつかれて」

「あぁ。忍足先輩は私の好きな人じゃないから、平気というわけでもないけれど・・・。
 コミュニケーションの一種って考えるようにしてるの。でも、本当に好きな人に見られると、ちょっとね」





うっかり好きな人がいることを話してしまった。
誰?とつっこまれても答えられない。「あなたです」なんて、いえるわけがない。
「そっか」とそっけないようで、温かい返事があった。
私がきょとんとしていると、
は、誰にでもしっぽ振るのかと思ったから」と、とんでもないことを日吉くんは言い出した。
日吉くんが本心で言ってるようには思えなかったけれど、一応不満に思っていることをアピールする。
ぷーっと顔をふくらませていると、日吉くんが鼻で笑って自分の席へ戻っていった。
「やっぱ、面白いな、は」と消えそうなくらい小さな声が聞こえた。
日吉くんに気に入ってもらえて、光栄です、私。

放課後、宍戸先輩の大ファンな友達に無理矢理連れられてテニスコートへ行った。
ギャラリーの数は相変わらずすごいものだ。
耳が痛くなるほどの歓声。
隣の友達が、とても嬉しそうに笑っていた。
私は日吉くんを目で追っていた。
笑うことなく、淡々とこなしている姿。
汗をぬぐうしぐさを見ているだけで、めまいがする。

部活が終わるまで私達はずっとテニスコートの傍にいた。
たくさんの人たちが下校していく中、私達は人ごみを避けるために花壇に座って話していた。
急に友達は「ごめん、呼ばれたから帰るね」と言って、操作していた携帯電話をしまって走っていった。
置いてけぼりな私。
この場にいる理由も無いので、立ち上がって帰ろうとしたその時、「ー、何してるの?」と大好きな声。
夕日の陰になって日吉くんの表情はよくわからなかった。
荷物を足元にどかっと置いて、日吉くんは私の隣に腰掛けた。
どきどきする、こんなに近い距離に日吉くんがいるんだもの。






「何してるのかって聞いただろ?」

「あ、うん。宍戸先輩のファンの友達に付き合わされて、部活、ずっと見てたの」

「へぇ」

「日吉くん、すごく一生懸命で、かっこよかったよ」

「ありがとう」





日吉くんの表情がとても穏やかだった。
どうしたら、こんな表情ができるのだろうか?
腕が痛くなって少し手を動かした。その拍子に日吉くんの指に触れてしまった。
「あ、ごめん」とお互い謝る。
俯いたまま、何も話せなかった。
何か話さなくちゃ、話さなくちゃと思うのに、何も思いつかない。
頭を抱えていると、日吉くんの手が私の手の上に重ねられて、私は頭がさらに真っ白になる。
日吉くんが、こちらをまっすぐ見ていた。
痛いくらいまっすぐな視線に、目をそらすこともできなかった。





「なあ」

「へ?」

「好きだ、って言ったらどうする?」

「え、何が好きなの?」

「・・・・・・」





日吉くんはため息をついてから頭に手を当てて、呆れたように帰っていく。
私だって日吉くんが何を言いたいのか、うぬぼれとかではなくて、わかる。
大慌ててで日吉くんの後姿を追いかけた。
隣に並んで、日吉くんの手を握った。





「日吉くんが私のこと好きじゃなくても、私はあなたが好きだよ」

言いたかったことが、すんなり言えてしまった。
「やっぱ、面白いな、は」と前に一度聞いたことのある言葉を、日吉くんは紡いだ。
私が笑顔を見せると、穏やかな笑顔を見せてくれた。










ギル:ゲームFINALFANTASYの通貨単位
たまに宝箱を開くと、モンスターがばけていたりすることがあるのです。

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ゲーム真っ最中のころに書いたもの。
FFXIIは序盤ギルがなかなかたまらなくて「金落ちてないかな〜」とヤバイ人になってました(笑)
本当はもっとゲーム話盛り込もうとしたけれど、RPGしない人には通じないので却下。
でも、書いてて楽しかった。日吉くん、かーわいい。


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