[ イ エ ロ ー パ ン チ ]





メールを送っても返事がない。
電話をしても応答しない。
探しても見つからない。
は、一体どこへ行ったんだ?

のクラスの教室にもいない、職員室にもいない、校庭をぐるっと回ったけれど、どこにもいない。
一度見たけれど、いなかった美術室へもう一度足を運んだ。の部活の教室へ。
今日は活動日じゃないから誰もいない。けれど施錠されていなかったんだ。
気になって廊下を走る。
バタンと大きな音を立てて扉を開く。
さっき来たときは気づかなかった。
教室の後ろに置かれたイーゼル。白い画用紙が載せられている。
俺の位置からはイーゼルの背が見えるだけで、画用紙に何が描かれているのか、何も描かれていないのかはわからない。
ゆっくりそれに近づき、画用紙の表を見た。
青空の下、緑あふれる校庭の中のテニスコートが描かれていた。
けれど、黄色の絵の具で中央部を大きく殴りつけるように塗りつぶされていた。

俺は大きなため息をついた。
こんなことをするのはぐらいしかいない。
けれど、は美術室にいない。
連絡手段がなく、俺はイーゼルの前に置かれた椅子に座った。
思いつめていなければいいのだけれど。

俺の心配をよそに、はいたって元気だった。
美術室への訪問者があったと思えばそれは
手にレモンティーのペットボトルを持っていた。
俺を見て、「どしたの?」と尋ねる。
「どしたの、じゃない」と少し怒ったような口調で言うと、は慌てて俺の元にかけより近くにあった椅子の上で正座をする。





「な、何事でしょうか、日吉様」

「連絡しても全然とれなかったんだけど」

「あ、携帯?電池なくなったの。充電してくるの忘れちゃってさー」

「で、これは」





俺が指差した絵を見て、は微笑む。
「気に入らなかったから。下書きからやりなおそうと思って」目を伏せがちにして言う。
本当に心配して損した。
絵がうまくいかなくて重度に思いつめていると思ったから。
まぁ、よく考えてみれば、がそんなふうに思いつめるようなことはないのだけれど。
のことになると、どうも思考回路がうまく働いてくれない。





「でもね、これも楽しいんだよ。まともに描いた絵の上にぐちゃぐちゃーって絵の具をぬりつけるの。
 私のストレス発散法かな。じゃあ、次はレッドパンチで」

そう言うと、は腕まくりをし、小さなプラスチックの入れ物に赤い絵の具を入れる。
少しだけ水を加えて混ぜると、粘り気のある濃い赤色のものができた。
はそれを右手の拳につけて「とりゃ」という間抜けな掛け声と共に、画用紙に打ち付ける。
だからレッドパンチか。
初めに見たとき少しだけ画用紙が歪んでいたのは、イエローパンチをくらわせたから。
更に画用紙が歪む。
は拳を画用紙にこすりつける。
楽しそうだった。

手を綺麗に洗い絵の具を落とす。
すると、はまた青い絵の具をプラスチックの入れ物に入れて、今度はブルーパンチをするのだとか。
それを何度か繰り返して、テニスコートだった絵は、なんだかよくわからないものになった。
ただ絵の具を塗りつけただけの画用紙。
は元の絵が完全に見えなくなっていることを確認して、イーゼルから画用紙をはずす。
そして、破り捨てた。
ゴミ箱にそれを捨て、俺の方を向いて笑顔でこう言うんだ。





「テニスコートがあるだけじゃつまんないから、ちゃんと人間にテニスしてもらわないと。
 だから、テニスコート行こ?若がテニスしてるとこ、描かせてよ」





俺の返事を聞かずには荷物を片付け、俺の腕をひっぱって美術室を飛び出した。
引きずられながら俺はテニスコートに向かう。
忍足先輩が俺を見つけてこそこそと駆け寄る。





「跡部のやつ、お前がおらんからて怒っとったで。ちゃんと謝っときや」

「そうですね、かなり長い間抜けてましたから」

さん絡みで遅れたんやろ?さんも一緒に謝ったって。跡部、彼女に逃げられてイライラしてんねん」

「えー、跡部さん彼女に逃げられたんですか?」

「俺様やからなぁ、愛想つかされたんとちゃう?」





はクスクス笑っていた。
「跡部さんと私って似てるから、私も若に愛想つかされるかも」と言う。
「かもな」と言えば、はぎょっとしていた。
少し間をおいて「まぁ、そんな気はないけど」とフォローしておいた。
冗談だと言うことを、はわかっているだろうけれど。
俺はこんなが好きだからな。どうしようもないくらいに。









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完成したものを破壊すると快感なのは、私だけでしょうか。
最後まで書き上げた作品を、気に入らなくて練習にしてしまう。
気分がかなりすっきりします(書道のお話)


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