[ オ モ チ ャ ]





跡部くんは、見た目が美しい。それは認める。
眉目秀麗とはこの人のためにあるような言葉だ。
成績優秀、それも認める。どんなに頑張っても、私は学年二位にしかなれなかった。
テニスをしている姿は、かっこいい。
運動神経がよろしくなくてどんくさい私にとっては、憧れの存在だ。

けれど、優しくないよね。
ニヒルな笑みを浮かべることはあるけれど、笑顔じゃないもの。
冷たい人だよね。
優しさをもらうことも与えることも、必要じゃないのかしら。

全国模試の最中に、私はそんなことを考えていた。
跡部くんの背中がよく見える特等席で、見直しを終えて時間を持て余している。
あと二十分間暇だ。
跡部くんも同じように、右手を動かすのを止めて、天井を見上げたりして時間をつぶしているようだった。

ぼんやりと跡部くんの背中を眺める。
男の子だから広い背中。
髪の毛はさらさら。
肌の色もわりと白め。でも、不健康じゃなくて綺麗。

私も美しくありたいものだよ。



「すげー、背中見られてた」
「は?わ、わたし?」
以外に誰がいるんだよ、バーカ」



先生が試験の解答用紙を回収し、私は帰り支度をしていた。
目の前の席に跡部くんはこちらを振り返り、愉快そうな顔をしている。
確かに、私の隣は欠席で空っぽ。私の後ろには席がない。
反対側の隣は窓だから、跡部くんの背中を凝視できるのは私くらいだ。



「まぁ、見てたんだけどね。暇だったから」
「俺も時間を持て余していたけど、の背中は見ないな」
「そりゃそうだね」
「納得するなよ」



話すと、そんなに冷たくもないのかなと思う。
軽口を叩けるのは、相手のことをノミ程度にしか思っていないからなのかな。
どうせ、跡部くんにとって私なんてノミみたいに小さい存在なのだろう。

周りの人影は減っている。
私も帰ろうとして立ち上がり、のろのろと廊下へ向かうと、きっちり後ろから足音がついてくる。
そして、廊下を歩く私の横に並んだ。



「ん?」
「なんだよ。帰るんだろ」
「えっ?」
「はぁ?帰んねぇの?」
「ううん、帰る帰る」



跡部くん、怖い!
私は背筋を伸ばし、すたすた歩いた。
やっぱり怖い、冷たい、優しさがない。
私はびくびくしながら歩く。
跡部くんはいつものニヒルな笑みを浮かべている。



「何?何?何なの?」
「いや、面白いなって」
「面白くなんてないよー」
「いちばん俺と試験の成績を張り合えてるからどんな奴かと思えば、全然優等生じゃないし」
「けっこう寝坊して遅刻するし」
「それな。早起きしろよ。それか早く寝ろ」
「うん、お肌のためにも」
「睡眠不足は美容によくないな」



跡部くんはいきなり私の顔を覗き込む。
跡部くんの綺麗な顔がどアップ。
私が反射的に飛び退くと、跡部くんは溜息をついた。
何が不満なのだろうか。



「逃げんなよ」
「逃げてない、逃げてない」
「じゃあなんで飛び退いたんだ?」
「条件反射です」
「終いには敬語か」
「ほんと、カンベンしてー」



先生、跡部くんがいじめてきます。助けてください。
訴えたところで誰も信じてはくれないだろう。
例え何回連続で学年二位の成績を収めたとしても、泣きついたとしても、誰も信じてはくれない。
跡部くんの力はそういうものだ。

跡部くんが笑っている。
相変わらず、ニヒルに。
わたしはむっとして、早歩きで下駄箱へ向かった。
跡部くんが愉快に笑っている声が聞こえる。

完全に遊ばれているよ、私。
振り返るもんかと意気込んでいたけれど、気になって振り返る。
ゆっくりとこちらに近づいてくる跡部くんの笑顔ときたら、生まれて初めて大切なオモチャを見つけたような純粋な笑顔だった。
素敵な笑顔なのに、がっかりだ。









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模試とかなつかしいな。
高校生活10年前なのでいろいろ忘れてしまいました。

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