[ 一瞬で、溶けた ]





周りがキャーキャー騒いでいるからどんな人かと思えば。
確かに顔はいいけれど、なんだかいけ好かない跡部景吾くん。
単に私の好みの顔じゃないだけなんだろうけれど、性格もあまり好きじゃない。
私はどちらかというと穏やかな人が好きだから、ジローくんや鳳くんのほうが好み。
とはいえ、他校の私が彼らのすべてを知っているわけではないので、やいやい言えたもんじゃないけれど。

一人で下校中、珍しく南くんに遭遇した。
山吹テニス部の中では一番仲良しの彼。
今日は部活が休みだというので、駅まで一緒に帰ることにした。
私は南くんのことが好き、だった。
過去形なのは、昔好きあって付き合っていたけれど別れたから。
今ではいい友達になれたと思う。





「珍しいね、試験前でもないのに休みなの?」
「あぁ、テニスコートがガッタガタで整備してもらってんだ。駅前のテニススクールで練習しようかと思って」
「そうなの?今日はやめたほうがいいよ。氷帝が来るらしいってみんなキャッキャ言って帰ってったよ」
「あー、そうなの?跡部かぁ、関わりたくねーな、あいつ」
「地味’s的にはね!」





南くんは何も言わなかったけれど、元彼だからわかってるはず。
私が跡部くんに興味がないってこと。
だって、私の好みのタイプはあなたみたいな人だから。
きっと、南くんの部活が忙しくなかったら、恋人同士の関係が続いていたんだろうなぁ。
復活愛に期待してるわけじゃないけれど、ほんの少し、また恋人同士になれたらいいなって思う。
だめだ、前の恋を引きずっている子みたいだ。

駅前のテニススクールの側を通った。
山吹の制服を着た女の子がたくさん群がっている。
私と南くんは半笑いでそれを眺めていた。
すると、後ろから声が掛かる。





「南じゃねーか。女連れて何やってんだよ、アーン」
「げ、跡部」
「『げ』とは大層な返事だな」





この調子に乗っているところが嫌い。
もっと紳士になればいいのに。
私は眉間に皺を寄せて、跡部くんをにらみつけた。
すると、跡部くんは私の頭からつま先まで、舐めるように見てくる。
怖くなって、南くんの後ろに隠れた。
南くんは、怯える私をかばってくれた。
やっぱり私が好きなのはこの人だ。

「へぇ、いい女、連れてんじゃん」
吐き捨てるように言って、跡部くんはテニススクールの中へ入っていった。
女の子の悲鳴が聞こえる。
私はポカンと口を開けていた。
跡部くんの言った言葉がうまく飲み込めていなかった。

「おーい」と私の目の前で手を振る南くん。
私は我に返って、顔を赤くする。
嫌いな人からでも、褒められると嬉しくなる。
いい女、だって?
この私が?
「なんだかんだで、も女の子だからな。イケメンに褒められたら嬉しいよな」
少し寂しそうに、南くんが呟いた。





数日後、地区大会で山吹と氷帝のテニス部が対戦する日。
私は、親友に誘われて試合会場を訪れた。
彼女は千石くんと付き合っているから応援しに行くのは当然のこと。
おそらく千石くんと彼女は、私と南くんにまた恋人同士になってほしいと思っている。
別れた今でも、ダブルデートのノリで誘われることが多いから。
私も、最近ではそうなれたらいいなと思っている。
南くんは、そう思っていないだろうけれど。

運動公園の広場で、私は親友のユズコと立ち話をしていた。
すると、氷帝のユニフォーム集団が近くを通りかかった。
私はそちらから目を逸らす。
逸らしたけれど、向こうにはこちらの姿がしっかり見えているので、集団から数人がこちらに向かって歩いてきた。
私は焦ってユズコの手を掴んで逃げようとしたけれど、ユズコはその人たちに笑顔で手を振っている。
私はユズコの後ろに隠れた。
跡部くんと、忍足くん、向日くん、ジローくんの四人。





「ゆずっこの知り合いかよ、南の女は」
「元だよ、元!別れちゃったんだよねー、だいぶ前に。私もキヨも、と南くんの復縁希望です!!!」
「ユズコ、ちょっと、もう、やだ、帰る!」
「ちょっと、!!!」





また跡部くんは私のことを舐めるように見てくる。
怖い、怖い、怖いよ。
私は振り返らずに山吹応援団の元へ走った。
けれど、途中で肩を掴まれ振り返ってしまった。
振り切ればよかった。
不満そうな顔の跡部くんが、そこにはいた。
私は後ずさりする。私が一歩下がれば、跡部くんは一歩前へ進む。
私たちの距離は、結果として変わらない。

飾らない、素直なところがいいと南くんは言ってくれた。
だから、素直に、率直に言っちゃおう。





「跡部くんに、すごく見られてる気がして、怖いんだけど」
「当然だろ。見てるんだから」
「っていうか、私なんか見てどうするんですか」
に興味があるから」





心臓が跳ねる。
綺麗なお顔で、私の名を呼ぶ。
釘付けになる。
真っ直ぐ、射抜くように私を見ている。
目を逸らしたら負ける気がした。
にらみつけようとしたら、跡部くんが柔らかい表情で笑った。
その一瞬で、私は全部受け入れてしまった。
あんなに、あんなに、南くんが好きだと思っていたのに、

「俺と付き合わねぇ?」

たった一言で、私の気持ちは跡部くんのほうへグラリと傾いてしまった。
私が小さく頷くと、跡部くんはまた笑ってくれた。
笑うとかわいいんだ、この人。子どもっぽい部分もきっとあるんだろうな。
知らないから、もっと知ったらいいんだよ。
もしかしたら、南くんよりも、私のこと大切にしてくれるかもしれないし、ね。









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今月のジャンプSQ(2011年1月号)の「放課後の王子様」にジミーズ出てたから、
なんかこんなんになってしまった。。。
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