[ 素 敵 な 貴 方 ]





ちらとコートの外を見れば、マネージャーが背の高い女性と話していた。
その人は、ビニール袋をマネージャーに手渡して帰っていく。
突然、忍足が大声で叫び、手を振る。
さーん」と。
さっきのはだったのか?
は忍足に向かって小さく手を振り、俺の方を見ると少し微笑んだ。
いつ実家へ戻ってたんだ?
俺に連絡をくれないのはなぜ?

大学で海外留学しているとは、一年前まで恋人付き合いをしていた。
氷帝学園のテニスコートの傍の家に住んでいるは、定期的に庭に入ってくるテニスボールを届けにきた。
それがきっかけで出会い、話をするうちに惹かれた。
三つ年上の。年の差を呪ったことは多々ある。
が旅立ってから一年。
留学期間を終えて帰国したのに、恋人である俺には一切連絡無し。

もうの恋人じゃないのか、俺は。

そもそも、恋人じゃなかったのか?

部活を放り出してを追いかけるわけにもいかず、俺は平静を装って部活を続けた。
落ち着くわけがない。集中できるわけがない。

留学中からはおかしかった。
メールを送っても返事をよこさない。電話をしても決して出ない。
e-mailも国際電話も、の前では役に立たない。

俺は、遊ばれていたのか???





部活を終え、夜の七時過ぎにの自宅へ向かった。
部屋の灯りは点いており、在宅中だということは確認できる。
呼び鈴を鳴らせば、「はーい」とソプラノの声が家の中から聞こえ、扉を開いた隙間からの母親がこちらを見ていた。
「あら、景吾くん、久しぶり。ちょっと待ってね」そう言って姿を消した。
しばらくすると、が現れた。
一年前と比べて、より大人びて見える。
けれど、の微笑みは変わらない。いつも優しくて穏やか。





「久しぶり。景吾は元気にしてた?」

「何度もメールしただろ。元気だって」

「あ、そうね。一度も返事しなかったけど」

「どうして?」





ぶっきらぼうに問えば、は少し困った顔をする。
「伝えるほどのことがなかったから」と。
些細なことでも伝えて欲しかった。くだらないことでも伝えて欲しかった。
大人なのか、斜め上を行くのか、よくわからない、のことは。
腕を伸ばしての身体を抱きしめる。
に触れた感覚があって、初めての存在を確かめられた。

「ただいま」と小さな声が聞こえた。
「おかえり」と小さく言った。





「やっぱり、景吾が傍にいるっていいね」

「は?」

「イギリスにいた頃は、恋なんてしなくてもいいやって思ってた。素敵な人はたくさんいたわ。でも何か足りなくて」

「おい、俺がいるのに他の奴と恋しようと思ったのか?」





はクスクス笑っている。
急に俺を上目遣いで見つめて「景吾じゃなきゃダメだって思ったの」と言うのだ。
不意打ちだ。目を大きく開いて驚いていたら、また笑い声が聞こえた。
「景吾みたいにちょっと俺様じゃないとね」と減らず口を叩くから、その口を塞いでやった。
一年ぶりのキス。

「今日はこのくらいで勘弁してやるけど、明日は容赦しねぇから」と言って、俺はの身体を解放する。
微笑みながらは去っていく俺に手を振ってくれた。
何もかもが一年ぶり。
離れても、を抱きしめていたときの感触は、腕の中に残っていた。









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年上彼女が似合うなぁ、あとべさまは。
私の高校の近くの家でパートしてた母親が、テニスボールを大量に持って帰ってきて、
それをテニス部の友達に渡したことがありました。


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