[ S t i l t ]





「べさま!」
開口一番、その変なニックネームで俺を呼ぶのは止めろ!
声の主、をにらみつけると、満面の笑みで彼女は生徒会室へズカズカと入ってきた。
手には茶色い紙袋。
いい匂いがする。

「たい焼き買ってきたんだ〜」
嬉しそうに言うは、紙袋の中からたい焼きを取り出して見せてくれた。
そして俺に差し出す。
俺はありがたく受け取って食べた。
腹は減っている。部活を夕方までやっていて、何も食べずに生徒会室で仕事をしているから。
部活が終わってすぐにへメールをした。
「これから生徒会の仕事をする」と。
副会長のは、おそらく家で試験勉強をしていたはずだ。
呼び出しに快く応じた上に、土産まで持ってくる余裕さは、愛がなければできないか?

「あ!飲み物買ってくるの忘れちゃった」
がっかりするを見て、俺は立ち上がった。
飲み物を買ってくると言えば、「私が行くからいいよ」と言う。
どこまで良い妻のような振る舞いをすれば気が済むのだろう。
その優しさに甘えることなく、俺は手でを制止する。





自動販売機でホットコーヒーとホットティーを買う。
寒い日には温かいものがいい。
外は真っ暗。
生徒会室へ戻ると、は真面目に仕事をしていた。
生徒会室へ来たときとは目つきが違う。
仕事モードのだ。
ホットティーの缶をの目の前に置く。





「紅茶花伝、サンクス。たい焼きがお待ちでしたよ〜」

「まだ食ってなかったのかよ。冷めるだろ」

「だって、景吾と一緒に食べたかったんだもん」





さっきまでの仕事モードのとは思えないくらい、まぬけな言動。
この切り替えの早さは俺も見習いたいところ。
仕事、友達、恋人、先生、家族、それぞれに必要な態度で接する。
俺に今見せる笑顔は恋人モード。

コーヒーとたい焼き。
息抜きをして仕事に取り掛かる。
期末試験前に大量の仕事を与えてくださった先生方に感謝だ。
感謝といっても、嫌味半分、残り半分はその仕事をと一緒にできるということに。
の管轄外なら一緒にできなかった。
最近は、と一緒に仕事をすることがなかった。
久しぶりに一緒に仕事をする。
他の誰よりも、息を合わせて仕事ができる。
それゆえ、仕事が早く片付くのだ。

「よっしゃ、終わったー」の大声が生徒会室に響く。
ニコニコ気味悪いくらいに笑う。そして、顔の前で手を合わせて俺に頼みごとをする。
「ごめん、今から試験勉強に付き合って」と。
きょとんとしていると、はかばんの中から数学の問題集を取り出した。
付箋がたくさんつけられている。





「こんなにあるのかよ・・・」

「べさまとは頭のできが違うんです。解説見てもよくわからなかったの。景吾ならわかるでしょ?」

「生徒会の仕事に付き合ったから、それくらいしてもいいだろ、ってか?」

「そうそう。お願いします!」





机を挟んで向かい合って仕事をしていた。
今度は隣り合って勉強をする。
さっきまでは余裕がなかったから気付かなかったけれど、勉強するの姿を眺めていると、少し痩せたような気がした。
心労?何に対する?誰に対する?俺に対する?

気付かないうちに、生徒会の副会長として俺の補佐をするプレッシャー、俺の恋人であるプレッシャー、抱え込んでいるのかもしれない。
明るく振舞っているのが疲れを隠すためだとしたら、どれだけ疲れを溜めているのだろう。
俺にわかるはずがない。
部長として生徒会会長として、仕事をこなしてきた。
の恋人として、俺は何かやってきたか?

ノートを押さえるの左手に触れた。
驚きの表情で俺を見る
「ごめんな」そんな言葉しか思いつかなかった。





「何がごめん、なの?」

「痩せただろ?疲れてるなら無理しなくていい。俺が呼び出しても無視してくれればいいから」

「無視したらしたで怒るんでしょ、景吾は。痩せたけど私は大丈夫だよ。
 副会長とか勉強とか景吾の恋人だとか、っていうかお守りかな、いろんなことあって大変だけど、ツライって思ったことは一度もないよ。
 景吾がいるから頑張れる」





俺も、がいるから頑張れる。
心の支え。
ぎゅっと握れば握り返してくれるの手。
ほっとして眠ってしまった。
目覚めたときには、の溜めていた数学の課題はすべて片付いた。
「帰ろうか?」の優しい声が響いた。









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心の支えって必要だと思う。
冬の紅茶花伝ホットとたい焼き、なんてステキな組み合わせだろう。笑

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