[ 恋 と 憧 れ と ]





少しずつ近づけたらいいなと思う。
最終的に寄り添うことなんてできなくてもいいんだ。
恋と憧れは別物だけど、今はそれが同居しているからそれでいいの。
憧れは、寄り添うことを必要としない。
恋は、それを必要とする。
それが、決定的な違い。

優しくされたら恋に落ちて、かっこいい姿を見せられたら憧れて。
胸に響くのは同じなのに、響き方が少しずつ違うんだ。
落とした消しゴムが跡部君の足元に転がれば、私の目をじっと見て返してくれる跡部くん。
射抜かれる。
普通の人を射抜く必要はないよね。
だったら、少し期待してもいいのかな。
いつも、私を射抜くような視線を送った後、柔らかい表情を見せるから。

いつだったか、生徒会室に行けば書類の山を机の上に積み上げて、副会長さんと真剣な顔で会話をしていた跡部くん。
会計の女の子に用があった私は、その子に提出書類を渡して打ち合わせの日取りを決めた。
その間、ずっと跡部くんは難しい言葉をたくさん発していた。
副会長さんが生徒会室を出て行くとき、跡部くんが少しだけ疲れた顔を見せたのを覚えている。
頑張り屋さん。
一生懸命な姿に憧れた。
だからこそ、疲れたときに癒してあげたいと思った。





3年生になった。
受験とか、最上級学年で先輩だとか、いろいろ変わった。
適応できなくて、もがいている自分がいる。
恋をしている場合じゃないと思っている。

部活の書類を仕上げて、生徒会室へ向かった。
生徒会室には跡部くんしかいなくて、他の役員さんたちはいなかった。
跡部くんと一対一。緊張する。
生徒会に提出する書類を持ってきた私は、跡部くんに手渡す。
「お疲れさま」と声をかけたら、少し疲れた表情で、それでも柔らかい表情を出そうとする跡部くんだった。



「大丈夫?部長に生徒会長、両方するのって大変じゃない?」

「自分で選んだからな。放棄するわけにもいかないし」

「仕事、抱えすぎとか、そんな気もするけど・・・って私なんかが言ってもただのおせっかいだよね」

「いや、ちゃんと見てくれてるんだなって思った。
 こそ、最近疲れてるんじゃねぇ?元気なようには見えねぇけど」

「人間って疲れるよね。疲れない人なんていないよ。新しい生活に慣れたらきっと大丈夫」



うん、きっと大丈夫。慣れるまでは笑顔で乗り切ろう。
跡部くんにベストスマイルを贈れたかは不明だけど、笑顔で生徒会室を出た。
恋に癒しを求める人もいる。
私が求められる人間になれるかどうかわからないけど、誰かの癒しになれればいいな。
跡部くんを癒すなんて、大仕事だと思う。
私に何かできることはないかな。

疲れは溜まる。
日付はどんどん変わっていく。
窓際の席でぼーっと外を眺める。
青い空を白い雲が流れていく。
雲に乗って、どこか遠くへ行けたらいいのに。
勉強も、部活も、習い事もしたくない。
恋もしたくない。
何もしたくない。

まぶたが重い。
目を閉じる。
肩を叩かれて目を開く。
目が覚めた。
ここはただの教室。
白い雲の上なんかじゃない。
雲は水蒸気だから、乗れるわけないんだ。
隣の席の跡部くんが起こしてくれた。
私のことを、心配そうに見ている。



「大丈夫か、?チャイム鳴っても動かねぇから体調悪いのかと思った」

「ううん、元気元気。眠くなって寝ちゃったみたい。起こしてくれてありがと」

「寝不足?ちゃんと寝ろよ。睡眠不足は・・・」

「お肌の大敵!!!ちゃんと寝てるよ。自分で言うのも変だけど、けっこう肌の調子はいいんだよ、私」

「見たらわかるよ、の肌がきれいだってことは」



私は目を丸くする。
見ただけで肌の調子がわかるのだ、跡部くんは。
女の子との噂が絶えないから、それだけ女の子慣れしてるのだろう。
私なんかとは大違い。
男の人のことは、よくわからないよ。
本当は、わかりたいんだけれど、近い人がいないから、わからない。

涼しい顔をして教壇の上の先生を見ている跡部くん。
何もしたくないはずなんだけれど、跡部くんを見ていると「頑張らなきゃ」と思えてくる。
恋に限らず、いろんなことに。
しんどいのは私だけじゃない。
前を向いて歩けるのは、跡部くんのおかげ。

部活を終えて学校の中庭を歩いていた。
ふと見上げた先には生徒会室の窓がある。
灯りは消えていた。
テニスコートには誰もいなくて、部室の灯りも消えていた。
今日は跡部くんも早く帰って休めるんだろうな、と思いつつ正門をくぐり外へ出る。
陽は延びた。
冬なら真っ暗なこの時間も、まだ少しだけ明るい。
」と呼び止められて振り返る。
正門の側に、跡部くんが立っていた。



「あ、とべ、くん?」

「けっこう遅いんだな、帰るの」

「あ、うん。部室の掃除していたから。跡部くんはどうしたの?」

のこと待ってた」



私のことを待っていたと言う跡部くん。
目を丸くする私。
跡部くんはまっすぐ私を見てこう言うのだ。「昼は元気がなさそうだったけど、今は元気そうだな」
全部、跡部くんのおかげなんだよ。
前向きになれるのは、跡部くんのおかげ。
毎日頑張れるのは、跡部くんのおかげ。
あなたがいるから、私は生きていける。
あなたに恋をしているから、あなたに憧れているから。

私は頷いて笑顔になる。
跡部くんはほっとしたような表情を見せて、腕を私のほうに伸ばす。
伸びた腕は私の両サイドを通過する。
気づけば私の視界は跡部くんの胸で遮られていた。
ぎゅっと抱きしめられて、跡部くんのあごが私の肩に載せられている。
「悪い、ちょっとだけじっとしてて」と消えそうな跡部くんの声が聞こえた。
私は頭が真っ白になる。
けれど、少しずつ回り始める頭。
私の頭が弾き出した計算結果はこれ。

手を跡部くんの背中に伸ばした。
跡部くんの肩の力が抜けたようだ。
もし、私のこの行動で跡部くんの心を癒せたのなら、本望だ。

「俺は、のこと、好きなんだ」
そんな夢のような言葉を聞けるなんて思いもしなかった。
けれど、夢じゃない。
ねぇ、やっぱり恋をしてもいいですか?









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憧れは所詮憧れでしかなく、理解から一番遠い感情。
自分の都合のよいように塗り固めた塗り壁を見ているにすぎない。
恋と憧れが同居しているのが理想なんだけどな、私は。

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