[ 認 印 ]





荷物はいらない。
けれど手は繋ぎたい。
荷物はいらない。
けれど抱きしめて欲しいし抱きしめたい。
どうすればいいのだろう。
景吾がいないとできないのに、景吾には傍にいて欲しくない。

矛盾だらけの私は、テニス部の部室でぼーっとしていた。
部活は終わり、部員の帰った静かな部室。
私はひとりで日誌を書き、データをパソコンに打ち込む。
部室から見える生徒会室は、しっかりと灯りがついていた。
景吾はここにはいない。
あの部屋で繰り広げられるのは、何だろう。
きっと、私には想像できないくらい壮絶な恋愛バトルが繰り広げられているに違いない。
もう、景吾が好きという気持ちが、私にはないのかな。
ねぇ、景吾は私のこと、好きでいてくれるのかな。
尋ねても、答えてくれる人はいない。
尋ねても、きっと返事はないよ。
景吾は、私に隠し事ばかりだ。

「仏頂面」
単語だけ投げかける、忍足。
私の悪いクセ。考え事をすると仏頂面になる。
ため息ひとつ、そこに全部モヤモヤを乗せて遠くへ飛ばせたらいいのに。
飛ばせるわけもなく、モヤモヤは心の中に残ったまま。





「っつーかなんでいるの、忍足サン?」

「仏頂面の姉さんを拝みに」

「んなわけないじゃん。何か御用ですか?」

「跡部から様子見て来いって頼まれてん。
 王様の耳はロバの耳・・・ちゃうちゃう、王様のすることはようわからんってことや」

「忍足の言うことのほうがよくわかんないよ」





王様が言うに、自分の目が届かないところで私が何をしているか監視したいのだとか。
私は監視なんてされたくない。自由になりたい。
けれど、景吾と手を繋ぎたい。
多分、触れて安心したいだけ。
自分の存在がここにあるってことを。
だったら、景吾でなくてもいいんだよ。
ここで、忍足と手を繋いだっていい。忍足に抱きついたっていいんだ。

思い切ってやってみよう。
私は無防備な忍足の背中に飛びついた。
「うおっ、ちょっと、まて、何するねん!!」と忍足の慌てる声が聞こえた。
そんなの関係ない。
私の心が満たされるまで、少し黙っていて。

きっと、誰でもいいんじゃない。
景吾じゃなきゃダメなんだ。
でも景吾には、私でなきゃダメな理由なんてないと思う。
生徒会室で仕事をしているのは半分本当で、半分は嘘だ。
私の知らない女の人と一緒にいるんだ。
そうでなきゃ、部活で疲れているのに仕事なんてできないよ。
愛があるからできること。
愛がなければできないこと。





、忍足、てめぇら・・・俺がいないからって何やってんだ、アーン?」

「け、景吾!!!」

「おー、跡部。はよ助けてくれや。お姫サンがしがみついて離れへんのやー」





景吾はひきつった顔で私を忍足から引きはがす。
忍足は「もう、なんでこうなるねん」とブツブツ言いながら部室から出て行った。
私と景吾だけの部室。
「ごめん」と私の声が響いた。
景吾は窓のカーテンをさーっと引く。
外の闇が見えなくなった。





「生徒会室の窓閉めたら、部室でが誰かと抱き合ってるようだったから慌ててきたら、コレだ」

「ごめんなさい。景吾がくるとは思わなかったから」

・・・何やってんだよ。俺より忍足が好きなのか?」

「もう、わかんない。景吾に抱きつかなきゃ意味がないのに、景吾が好きかどうかもわかんなくて。
 っていうか、景吾が私のこと好きかどうかもわかんないのに」

「誰も嫌いだなんて言ってないだろ。っつーかなんで今更そんなこと・・・。欲求不満か?」

「かもしれない」





景吾に、私の存在を認めさせたかったんだ。
自己満足。
呆れた顔で私を見る景吾。けれど、その瞳は優しく光っていた。
何度も口付けて、ぎゅっと抱きしめるだけで満たされるのはどうしてだろう。
心の穴がすーっと埋まっていく。
涙が出た。

景吾が部活の後に生徒会室で仕事をするのは、私が日誌を書いたりデータ入力する時間にぼーっとしないため。
それと、仕事をためて休みの日をつぶさないため。
休みの日に私との時間を少しでも作るため。
こんな時間まで生徒会室で熱心に仕事をするのは男の子だけ。
私が想像していたことは何にもないって。
本当かどうかわからないけれど、今だけは信じられる。
景吾は私のことしか見ていないから、私も景吾のことだけ見るよ。









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あとべさまのはなしをかくと、いつもこんな・・・。
わけがわからなくなったら、忍足クンの背中に抱きつくのがいいと思いました。

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