[ こ こ に い る よ ]





世間では9連休と騒いでいるけれど、ゴールデンウィークなんてこんなものだ。
熱が38度もあるのに、病院は休みだ。
ゴールデンウィークで仕事が休みにも関わらず、薬局に風邪薬を這いつくばって買いに行く始末。
一人暮らしの部屋は淋しいものだ。
病気になっても、自分でなんとかしなくてはならない。
頼れるのは自分だけ。

グラスに水を注いで薬を飲み込んだ。
それだけで安心できる。
そのままベッドに倒れこんだ。
次に薬を飲むのはランチタイム。
でも、昼ごはんを作る気力があるだろうか。
その次は晩ごはん。
考えたくない。
忘れたくて一眠りすることにした。
薬も飲んだ、朝ごはんも食べた。だから、少しくらいよくなると思うんだ。
明日のデートをつぶすわけにはいかないから、今日は大人しくしていよう。
景吾と会うのは、久しぶりだ。

一眠りして、枕元にある体温計を使った。
熱は36度に下がっていた。
まだ頭はぼーっとする。
それでも、薬のおかげで熱が下がったんだ。
この調子で明日になれば楽になるだろう。
なんとか昼ごはんを食べないと。
そう思って部屋を出ると、キッチンに立つ人影が。
驚いて身構えるけれど、それが間違いだと気づいて力を抜いた。



「景吾・・・」

「風邪か?呼んでも起きなかった。顔色悪いし」

「うん、熱があったんだけど、薬飲んだら下がった」

「薬、無かったなら言えば持ってきてやったのに」



何も言ってないのに、私の体調のことや朝の行動までお見通し。
インサイトってすごい!!
と感心していたのだけれど、よく見れば風邪薬と一緒に財布を置いていたので、誰にでもわかることだと肩を落とした。
何をしているのかと思えば、景吾がお粥を作っている。
驚いた私は、テーブルにつまづいて転びそうになる。
お坊ちゃまがお粥を作るなんて、ありえない。それにしても、味は大丈夫なのか?
不安ばかり浮かんでしまう。

そんな不安もかき消すような、景吾の甘い声。
「食えよ、ほら」と言われれば、頷いて食べてしまう。
申し分のない味だ。おいしい。
病人にはよい味のつき具合。
よかった、私には、病気のときに家へやってきてくれる人がいて。
あつあつのお粥を口に含めば、身体の芯から温まった。



「明日は、無理だろ」

「えっ?デート、行かないの?」

がこれじゃ、行けない」

「薬飲んだら、明日にはきっとよくなってるよ」

「ゴールデンウィークだからこそ、休むんだ。風邪ひいてるなら尚更な」



1ヶ月以上会ってなくて、電話もメールもろくにしてなくて。
ゴールデンウィークにやっとできた二人の休みの重なり。
それを利用して約束されたデートも、私のせいでつぶれてしまう。
こんな悲しいことはないよ。
俯いて浮かない顔をしていると、頭をなでられる。
景吾の優しい手。
ゆっくりと、まるで、小さな子をなだめるような手つきで。



「俺も、も忙しいからどうしようもねえけどさ。今日、一緒にいられるんだからそれでいいだろ」

「う、ん・・・」

「この前は、俺に仕事入ってダメになったろ?だからお互い様」

「そだね」

「お互い様ってわかった瞬間、開き直るんだな」



景吾は笑って、私の頭を軽く叩いた。
ペチ、と情けない音がした。
いつものくせで、食事が終われば洗い物をしようと立ち上がってしまう。
遮るように、景吾は私の食器を奪い取る。
景吾が炊事をするところなんて見たことがない。
レアだ。
凝視していると、敏感な景吾は私の視線を感じて顔だけこちらに動かすのだ。
私は笑顔を振りまく。
薬を飲んで、部屋に戻った。
ベッドに転がって、もう一眠りする。
目覚める頃、景吾はいないだろう。
少しだけ、淋しいなと思った。

慣れないことをするとエネルギーを必要以上に使ってしまう。
そんなものだ。
トイレに行きたくなって部屋を出た。
キッチンで見たものは、机に伏せて眠っている景吾の姿。
お坊ちゃまが炊事をするのだから、当然疲れているはず。
「お疲れさま」と声を掛けた。
返事はなかった。

眠れなくて、ただベッドの上に転がっていた。
週明けには仕事も始まる。
会議があるなとか、新入社員の研修もあるなとか、いろんなことを考えていた。
時計の針は進んでいく。ぐるぐる回る。
気づけば夕方の6時になっていた。
体温計をもう一度手に取る。
電子音が聞こえて体温計を見たけれど、体温は36度。もう熱は引いたようだ。
身体もだるくない。
背伸びをして、キッチンに向かった。
景吾はまだキッチンにいる。
今度は洋書を読んでいた。



「もう、いいのか?」

「うん、おかげさまで。ありがとう、景吾がいなかったら快復してなかったかもしれない」

「当然だな。ま、病人が料理するわけねえしな。
 急に仕事が休みになって来てみれば、これだもんな。・・・あんまり、心配させんなよ」

「ごめんなさい」



景吾は、私が謝る姿を見て満足そうだった。
そして、突然「じゃあ、飯食いに行くか」と言って立ち上がる。
帰ってしまうのかと思えば、私のほうを見て立ち止まったまま。
私と、一緒に、ご飯を食べに行くの?
きょとんとしていると、「栄養あるもん食った方がいいだろ」と言って私を誘うのだ。
「うん」と笑顔で返事して、私は大慌てで着替える。
病人だから、化粧は軽くでいい。服も、着飾らないで普通に。
身支度を整えると、景吾は玄関で待っていてくれた。
走って玄関に向かう。
パンプスを履いたら準備完了。
鍵を掛けて家を飛び出した。









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病気のときに一人だと、大変だと思うっていうか大変。

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